高野孟:菅直人と小沢一郎に見る内閣総理大臣の資質とは

(ビデオニュース・ドットコム 2010年9月13日)http://p.tl/5fRk


高野孟氏  「挙党体制」から一転、民主党代表選挙に小沢一郎前幹事長が出馬、菅直人首相との一騎打ちとなった。一政党である民主党内のコップの中の嵐とはいえ、事実上次の総理を決めるこの対決を、われわれはどう受け止めればいいのか。
  
 96年の旧民主党立ち上げに尽力し、それ以降も民主党と深い関わりを持つジャーナリストの高野孟氏は、今回の代表選で相まみえる両者の間には「政策上の原理の違いではなく戦術の違い」しか存在しないため、政策論争にはならないだろうと言う。ならばこの選挙で問われているものは何か。
  
 高野氏は、それは、政治文化の違いではないかと言う。小沢氏は理念を語れる数少ない政治家であり、「何かを実現してくれそうな期待感」を抱かせる。だが、小沢氏の政治手法には田中角栄元首相譲りの「政治を動かすのは金と人事」という政治文化が根付いていて、それはそう簡単に変わるものではないだろう、それ故に、小沢氏の目標は、理想を実現するために権力を獲得するのではなく、権力を取ること自体に目的があるのではないか
との疑念がつきまとうと高野氏は言う。
  
 一方の菅氏は、市民運動出身でクリーンな政治の体現者と見られがちだが、菅氏をよく知る高野氏は、言葉が軽く理論の裏付けのない発言が多いと菅氏を辛口に評価する。また、市民運動出身という肩書とは裏腹に、市民的な政策には必ずしも熱心ではない面があるとも指摘する。
  
 結局最終的には理念を語れる剛腕政治家ながら、独断専行で政治手法にも疑問が残る「ハイリスク・ハイリターン」の小沢氏に一度日本を託してみたいと思えるかどうかが分かれ目になるという高野氏とともに、小沢一郎、菅直人の両氏が体現している総理大臣の資質とは何かを議論した。

何と何が戦っているのかわからない民主党の代表選

神保: 今回はゲストに、96年の旧民主党の結党に尽力し、その後も同党に深く関わってこられた、ジャーナリストの高野孟さんを招き、この代表選が持つ意味について、じっくりお話を伺いたいと思います。
  
 まず高野さんは総論として、「小沢一郎 対 菅直人」という構図になってしまった状況を、どうご覧になっていますか?

高野: 僕としては、いま総裁選を行う必要はないと思います。確かに参議院選に負けた責任はありますが、菅さんが総理大臣になって3ヶ月、しかも実際に国会に立ったのは夏の臨時国会の6日間だけです。この段階で、総理大臣に向くか向かないかを判断するのは性急すぎます。いまは一日たりとも猶予がないような内外多難の状態なので、菅さんには力を尽くして働いていただくのが先決ではないでしょうか。しかし、いずれにしても代表
選になってしまったのですから、前向きな方向に転がってほしいものです。
  
 小沢さんの「明治以降100年あまりの官僚体制を打破する革命的改革」、鳩山さんの「“平成維新”──官から民への大政奉還」、菅さんの「官僚主権から国民主権へ」──この3人の主張は、理念的に同じです。つまり、小沢さんが菅さんを否定しているのは、原理の違いではなくて、戦術レベルの話。民主党が政権をとることの歴史的な意味については、3人の間に食い違いはありません。根本的なところで一致しているのだったら、なんで戦術面についても3人で議論を尽くしてこなかったのかと思います。いまは何と何が戦っているのかわからない状態ですね。
  
神保: 民主党の代表は2年、自民党の総裁は3年という任期があります。ただし、それはあくまで党のルールであって、総理大臣の交代というのはもっと大きな話です。本来は総理が交代するのは、総理が亡くなったときと首相としての任期が満期を迎えたとき、そして、選挙で負けたときです。確かに菅政権は参院選で敗北していますが、これは鳩山政権8ヶ月の影響も大きいと思われるので、これだけを理由に総理大臣を交代するというのはちょっと無理があるような気がします。やはりこれはコップの中の嵐、つまり党内抗争がコップから溢れ出てきて、日本中を巻き込んだ台風になっちゃったような気がします。
  
宮台: 小沢さんはどう考えても出たくなかっただろうし、菅さんも戦いたくなかったでしょう。なおかつ、小沢さんは「マニフェスト堅持」と主張しているけれど、そのマニフェストを作った実働スタッフは菅政権の下で働いているという“ねじれ”もある。
  
高野: そもそも「マニフェストを守らないといけない」という発想は、マスコミによって印象づけられているものです。しかし本当にそうでしょうか。マニフェストとは、単に「任期4年間の中で、こういう方向でがんばりたい」という方針を示したものです。つまり、野党時代に机上の空論で作り上げたマニフェストが、実現できないということは、いくらでも起こり得る。蓮舫行政刷新担当大臣も「野党の時代に入ってくる情報と、与党に
なってから入ってくる情報は、官僚機構も含めて何十倍も違う」と語っています。政権を取ってから、現実にぶつかるのです。

それでもあえて菅続投を推す理由

神保: さて、経済財政、安全保障などデリケートな問題が多い難局の中で、お二人はズバリどちらが総理大臣になるのが好ましいとお考えですか?
  
高野: 僕は現状で、どちらが相応しいのかを争うことは無意味だと考えています。ただ、流れからして菅さんが首相に収まるのが自然だし、どうせどちらにも不安があるのだったら、菅さんには走るところまで走って行き倒れてもらいたい。きわめて消極的に、菅さんを支持しています。
  
宮台: 僕も菅政権が続く方がいいと思います。なぜなら、いま菅さんはご自身の問題点を自覚するチャンスを得ているからです。代表選の2週間のブランクの間に、ご自身、党員、民主党議員、内閣閣僚の再認識も含めて、理念的な土台も固めて進み直すというのは、菅政権にとっていい機会でしょう。
  
神保: 「民主党の分裂」ということも語られていますが、僕には小沢一郎と菅直人がガチンコで戦って、党がまったく無傷でいられるとは考えられません。
  
高野: 僕としては、分裂することはないと思います。新進党が分裂したときとは違い、民主党は与党です。小沢さんが負けたとして、たとえ数十人を連れて離党し、政界再編をすると力んでも、他の党が相手にしません。逆に言うと、小沢さんが勝った場合にも菅さんたちは離党しないでしょう。小沢さんはいつ倒れるか分からない状況だから、そこで踏ん張っていればいい。
  
宮台: 今回の代表選は、小沢さんのポジションや、小沢流のやり方が凋落していく最初の一歩だと思います。選挙に負ければ金によって数を動かす手法が簡単には使えなくなるし、勝った場合にも問責決議案が出ればどうにも動けなくなってしまう。小沢さんは落ちぶれる寸前のところまで来ている印象があります。しかし小沢さんが最後に、自分自身の力を有効に公のために発揮できる可能性がないわけではない。そして、それには菅政権が
続く必要がある。小沢流のノウハウを使って、政権運営がもっと円滑になるように、あるいは、菅さんがもっと人心を掌握できるように、いろんな知恵を与えることに尽力すればいいのだと思います。


出演者プロフィール

高野 孟(たかの・はじめ)
ジャーナリスト。1944年東京都生まれ。68年早稲田大学文学部西洋哲学科卒業。通信社、広告会社勤務などを経て、75年フリーに。80年(株)インサイダーを設立、代表兼編集長。94年(株)ウェブキャスターを設立、インターネットによるオンライン週刊誌『東京万華鏡』の編集・執筆。現在、早稲田大学、サイバー大学、京都造形芸術大学で客員教授を兼任。著書に『滅びゆくアメリカ帝国』、監修に『知らなきゃヤバイ!民主党-新経済戦略の光と影』など。
  
宮台 真司(みやだい・しんじ)
首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。博士論文は『権力の予期理論』。著書に『民主主義が一度もなかった国・日本』、『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『制服少女たちの選択』など。
  
神保 哲生(じんぼう・てつお)
ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。著書に『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』、『ビデオジャーナリズム─カメラを持って世界に飛び出そう』、『ツバル-温暖化に沈む国』、『地雷リポート』など。