与謝野氏の入閣により自民党は倒閣へ突き進み、中小政党は解散総選挙阻止に走る


上久保誠人のクリティカル・アナリティクス
(DIAMOND online 2011年1月26日) http://p.tl/iorJ

菅直人政権が内閣改造・党役員人事を行った。参院で問責決議が可決された仙谷由人官房長官、馬淵澄夫国土交通相の交代が第一の目的だったが、最も注目を集めているのは、与謝野馨氏の経財相起用だ。

 与謝野氏は昨年4月に自民党を離党し、「たちあがれ日本」という新党に参加したが、自民党を除名された。比例で当選した議員が他党へ移籍することに対する処分だった。その与謝野氏が、今度は選挙時の反対勢力であった民主党政権入りする。これは前回指摘した、民主党と自民党の中堅議員の協力を中心にした「政界再編」の可能性を崩すものである(第1回を参照のこと)。今回は、与謝野氏の入閣が政局に与える影響を考える。


■与謝野馨が考えていたこと――「最後の一仕事」への布石

 自民党で要職を歴任し、総裁候補でもあった与謝野氏が、民主党政権に加わったのは、自民党が解散総選挙による政権復帰を目指していることに失望したからだ。彼はおそらく、今回が衆院議員として最後の任期と考えている。高齢で、癌の手術を受けた上に、同じ選挙区のライバル・海江田万里氏が閣僚になり実力を着けてきた。

 次の衆院選後に自民党が政権復帰しても、与謝野氏が選挙に勝つのも、次の任期を全うするのも難しい。与謝野氏が政治家として「最後の一仕事」をするのは今回の任期しかなく、民主党政権入りするしかなかったのだ。

 与謝野氏が「たち上がれ日本」に参加したのは、いずれ民主党政権に加わるつもりだったのだろう。「たちあがれ日本」の結党は2010年4月で、鳩山由紀夫政権が「普天間基地移設問題」で支持率を急落させていた時だ。

 与謝野氏は鳩山政権が早期退陣し、ポスト鳩山には財務省と密接な関係を構築しつつあった菅氏が浮上すると予想した。与謝野氏はいずれ登場する財務省寄りの菅政権と協力できると考えて、自民党を飛び出したのだ。


■与謝野馨と旧「政策新人類」の因縁――自民党は倒閣へ突き進む

 与謝野氏は、財政再建には成長政策だけではなく、増税を必要とすると主張する「財政タカ派」として知られる。そして、財務省からの信頼が最も厚い政治家とされる。与謝野氏の抜擢は、藤井裕久元財務相の官房副長官起用と併せて、菅政権と財務省の関係が強固であることをイメージさせる。しかし、それは「小沢問題」解決後に菅政権との協力関係構築の可能性を示唆していた自民党の中堅議員の強い反発を招くことになるだろう。

 自民党の石原伸晃、塩崎恭久らは、菅政権の中核を占める枝野幸男、前原誠司、野田佳彦らと、自社さ政権時代の「大蔵省改革」(財政金融の分離、日銀法改正)と98年の金融国会の「政策新人類」の経験を共有している。そして、当時彼らをまとめていたのが菅直人氏、仙谷由人氏だった。彼らの基本的な政策志向は、予算編成権の内閣移管(主計局分離)による官邸主導、金融政策における日銀の独立性重視、規制改革、行政改革の重視、そして自由貿易重視である。

 一方、彼らに立ちふさがり続けたのが、「大蔵省改革」で大蔵省解体を防ぎ、小泉政権後期以降、自民党内の経済財政政策の路線対立で「財政タカ派」の中心だった与謝野氏である。石原幹事長らが与謝野氏を「平成の議席泥棒」と感情的に批判する裏には、与謝野氏との長年に渡る経済財政政策を巡る遺恨がある。

 自民党はこれを機に、「反財務省」「反増税」「行革路線」へと一挙に舵を切る可能性がある。石原幹事長、石破茂政調会長、小池百合子総務会長ら執行部は、民主党内の「同志」との協力することをあきらめ、菅政権を倒すことを決断する。

 谷垣総裁は「財務族」だが、それより「政権交代」が最優先である。自民党は「たちあがれ日本」平沼代表と協力関係構築で一致した。与謝野氏への恨み骨髄に達する平沼代表と協力するのは、自民党が菅政権との協力という迷いを捨てて、一挙に倒閣へ向けて突き進み始めたことを示している。


■与謝野氏入閣で変わる政党間の「政治力学」

 しかし、自民党が倒閣に突き進んでも、同調するのは「たちあがれ日本」と「みんなの党」だけだ。前回指摘したように、現行の選挙制度は大政党有利、中小政党に不利だ。総選挙は、中小政党を存亡の危機に陥れるだけのものだ。総選挙は自民党の政権復帰のためだけに行われるもので、中小政党が本気で総選挙に突入するインセンティブはない。

 むしろ、中小政党は解散総選挙を阻止する行動に出る。前回指摘したように、公明党は統一地方選を今年最大の活動目標と位置づけており、総選挙を戦う余力がない。自民党が強硬に解散を要求すればするほど、公明党は強硬な姿勢を軟化させ、菅政権に接近していく。公明党が民主党と組めば即、菅政権の衆参両院での安定多数確保につながる。公明党がこのカードを有効に使おうとするのは合理的だ。

 そして、公明党が菅政権に接近して安定多数となれば、社民党・国民新党は菅政権への影響力を失う。それを恐れる両党は、菅政権に批判的な態度は取りづらい。両党は、消費税増税に基本的に難色だが、党の存亡を考えれば「小異」にすぎない。社会保障の充実など、「増税」支持についての言い訳はなんとでもなる。

 要するに、与謝野氏の経財相起用は、民主・公明・社民・国民新党と自民党との対立激化という「二極化」をもたらす。特筆すべきは、この二極化は「政局」だけではなく、民主党を中心とする「増税」を志向する勢力と、自民党を中心とする「反増税」勢力に「政策」も二極化することだ。これまで曖昧であった、政党間の「政策」を巡る対立軸が明確化する可能性がある。

 最後に、菅首相の立場から与謝野氏の経財相起用の有効性を考える。与謝野氏には、「税・社会保障一体改革」という「政策」の調整役は難しい。しかし、菅首相に「解散総選挙」「政界再編」という「政局」の主導権を握らせる効果はある。

 与謝野氏の入閣で、民主党・自民党の中堅同士が主導する「政界再編」の動きは決裂する。自民党の倒閣への急進化は、解散を嫌う公明党などの菅政権への接近をもたらし、総選挙への流れも抑えられる。菅首相がどこまで自覚して動いたかはわからないが、与謝野氏の入閣は「政治力学」的には興味深い人事である。