自民化するなら総選挙をやり直せ (日刊ゲンダイ2011/1/28)

菅政権には失望した

LOVEは異質なモノを求め、LIKEは同質なモノを求める心の作用だそうだ。とすれば、菅首相は、自民党を愛しているのではなく、好きなんだろう。なにしろ、菅の発言や振る舞いを見ていると、自民党との同質性が際立つのだ。

通常国会の代表質問。自民党の谷垣総裁は、菅政権のマニフェスト放棄を「憲政史上最大の公約違反」と攻めた。これに菅は何と答えたか。「公約の多くは実施、着手されている」と言ってのけたのだ。民主党は09年衆院選のマニフェストで200兆円超の総予算を組み替え、公約の履行に必要な16・8兆円を捻出するとした。

ところが、事業仕分けと埋蔵金でやりくりしたカネは2兆円にも満たない。予定の8分の1程度の財源で、よくもまあ「多くは実施」と言えたものである。反省ゼロで強弁する姿勢は、旧自民党政権と瓜二つ。「熟議」だ何だと言っているが、真摯に議論する気など、これっぽっちもないようだ。

小沢元代表を悪者に仕立て上げ、党内対立を煽ることで支持率を上げる手法は、抵抗勢力をつくった小泉元首相をマネたものだ。日本国債の格下げについて聞かれ、「そういうことは疎いので」と“正直”に答えたところは、失言を繰り返して追い込まれた森元首相を彷彿とさせる。枝野官房長官があわてて「総理は国債の信認について強い問題意識を持ち、日ごろから情報の収集と分析にあたっている」と援護したが、信じる人はいないだろう。

マスコミを引き連れて書店を訪れるパフォーマンスは麻生元首相が“先輩”である。
きのう(27日)の衆院本会議では、自ら「平成の開国」と命名して最重要視するTPPを「IPP」と読み間違えた。法人税の「引き下げ」も「引き上げ」と連呼。こんなマヌケぶりまで先輩そっくりだ。

◆民意無視のモンスターに変身した菅
極め付きは、自民党が臨時国会で提出し、継続審議となっている「財政健全化責任法」の丸のみである。
自民党時代に法案の取りまとめに関わった与謝野経財相は「大変価値のある法律。菅首相もそう思っていると思う」と発言。自民党案に賛成し、税と社会保障の一体改革をめぐる与野党協議に引っ張り込もうとしている。

ここまで来ると、民主党と自民党は、名前を除くとみんな一緒になってしまう。思惑も同じである。何が何でも消費税を増税したいのだ。菅は、自民党案を丸のみした上で、国家破産の道を進めた旧自民党政権の尻拭いまでやるつもりである。どこまでも自民党が好きな男だ。

法大教授の五十嵐仁氏(政治学)が言う。
「消費税増税によって回復途上の経済と暮らしが破壊されるのがいいか、それとも増税せずに財政を破綻させて社会保障がズタズタになるのがいいか。菅首相のアタマには不毛な二者択一しかないようですが、財源を消費税に限定するのはおかしい。なぜ、個人の金融資産や企業の内部留保に課税することも考えないのか。富裕層や大企業を優遇して庶民から搾取しようという発想は、自民党政権と同じです。政権交代を望んだ多くの有権者はこんな政治を求めていたわけではありません。米国に服従する姿も自民党とそっくりです。TPPは、日本市場を弱肉強食のジャングルに変えるものです。勝ち残るのは、価格面で優位な米国勢。日本が強いとされる製造業だって、みんなが生き残れるわけではありません。農業票を基盤にする自民党は、さすがにここまではやれなかった。むしろ今の民主党政権は、自民党政権よりも先鋭化しています。菅首相は、とんでもないモンスターに変身しつつあるのです」

菅は、政官の癒着まで復活させる気だ。「成績が良かっただけの大バカ」と批判したのも忘れ、天下りの廃止や人員削減には手を付けず、特権階級気取りで税金にたかるハエを野放しにしている。今月21日には、政務三役の会議に次官が同席するのを認め、次官や局長レベルで府省間の調整をやることもOKと改めた。自民党政権時代と変わらぬ官僚政治、官僚天国の復活である。これほど有権者を裏切った政治家は、憲政史上、初めてではないか。

◆素知らぬ顔で自民党政治に逆戻りは許されない
自民党政治に逆戻りするつもりなら、国民を納得させる説明をしてもらいたい。それを怠り、民意を無視して突き進むのは、独断独裁政治にほかならない。われわれ国民は、そんな強大な力をスッカラ菅に与えた覚えはないのだ。勘違いしてもらっては困る。
気鋭の哲学者、佐々木中氏は、26日付朝日新聞でこう説いていた。

〈人間は「なぜ」を問う生き物です。「どうやって」だけでは人間ではない〉
〈政治の核心は「論証」です。「なぜ」に答えて理由や根拠を示すことです。それを見失えば政治は死ぬ。しかし今の政治家はこれを忘れ果てて、我々も「なぜ」という声をあげることがやましいことであるかのように思い込まされています〉

自民党が大好きなのは分かった。でも、それは「なぜ」か。真っ当な政治家なら、答えられるはずである。
菅は小沢を呼びつけ、「政倫審に出席しろ」「『政治とカネ』を説明しろ」と突き付けた。だが、マトモな国民が知りたいのは、存在すら疑われる小沢疑惑なんかじゃない。市民派気取りだった菅が百八十度の変節をした理由だ。素知らぬ顔で宗旨変えが許されると思ったら、大間違いである。

◆有権者が望まない不条理を説明しろ
1年半前の衆院選。有権者が政権交代を選択したのは、自民党の政策ではダメだったからだ。構造改革、規制緩和、市場開放を進めても、国民は豊かにならない。官僚主導の政治と決別し、米国の言いなりをやめ、「国民の生活が第一」を目指す。それ以外に道はなかった。だから、民主党が政権を担うことになったのだ。

菅は「不条理をただす政治」とか言っているが、自民党政治を望まない国民に選ばれた政権が自民党政治への回帰を目指す不条理については、どう考えているのか。自民党政治を拒絶した国民の思いは変わっていない。それを無視する「なぜ」にも、逃げずに答えてもらいたい。
その上で、1年半前の総選挙をやり直すのがスジである。菅は「自民党政治の継承」を堂々と訴えればいいだ
ろう。
政治評論家の山口朝雄氏が言う。
「民主党が『国民の生活が第一』のマニフェストを訴えてから、まだ、1年半しかたっていません。ところが、菅首相は、その舌の根も乾かぬうちに、民意に反し、あれもこれもやめようとしている。こんなデタラメがまかり通るようでは、国民の政治不信は最高潮に達します。旧自民党政権のような政治でいいのか。菅首相は国民に信を問うべきです」

解散・総選挙から逃げ回っても、4月には統一地方選がある。惨敗すれば政権はグラグラだ。その前に、政治家としての矜(きよう)持(じ)を示してもらいたい。