菅首相はすでに「詰んでいる」のではないか

山崎元のマルチスコープ
(DIAMOND online 2011年2月2日) http://p.tl/rPBi

小沢氏が強制起訴になってみると

 将棋や囲碁などの世界には「三手の読み」という言葉がある。自分がこう指す(囲碁の場合「打つ」)、すると相手がこう来るだろう、ならば自分はこう指そう、という一組の思考のことだ。

 これが「読み」というものの基本であり、長手数にわたる上級者の読みもこの積み重ねだと教えられる。その原理は簡単なのだが、実践はなかなか難しい。特に、相手がどう来るかというところを正しく読むことが難儀で、三手先といえども正確な読みは難しい。これが、政治の世界ともなると先の読みはますます困難だが、今回、「小沢一郎元民主党代表の強制起訴」という一手が進んだので、今後の局面を考えてみたい。

 小沢氏は政界有数の囲碁の打ち手らしいが、今回は主に将棋に譬えよう。

 小沢氏自身の状況は、自身が攻めに転ずることは出来ないが、まだまだ粘りがきく穴熊囲いの中の王様のような状況ではないか。相手側が無理に攻めようとすると反動が大きい。

 小沢氏に対する周囲の態度は、現在、民主党執行部が小沢氏の自発的な離党と国会の政治倫理審査会への出席を要求しており、有力野党である自民、公明、みんなの党の各党は証人喚問を要求する立場だ。

 しかし、自発的な離党も政治倫理審査会への出席も小沢氏が事実上拒否しており、実現の見込みはなく、この攻めは手詰まりだ。

 民主党執行部は、これまでの流れからすると、これを除籍や党員資格停止(党からの資金が得られなくなり、選挙で公認されなくなる)にまで持って行く方向に動くのが自然だが、昨年末くらいから「小沢叩き」が内閣支持率の上昇につながらなくなっており、この流れを見た(と思われる)公明党が証人喚問要求に足並みを揃えて反菅政権の立場を明らかにしたことの意味が大きく、これらを実行しても効果がのぞめそうにない。

内閣支持率が上がらない状況では、4月の10日と24日に行われる統一地方選挙に向けて、自民党も公明党も民主党政権との対立を先鋭化する方が有利に働くので、予算関連法案への協力は得られそうにない。一部には、公明党は解散を嫌うだろうとの見方があったが、目下の情勢では解散があれば自民党、公明党の党勢拡大は間違いないので、公明党も「場合によっては、解散でもいい」と考えているだろうし、だからこそ、「小沢氏は証人喚問」という方向に舵を切ったのだろう。

 かつては、公明党は池田大作氏の証人喚問の可能性を恐れて国会での証人喚問に慎重だとの風説があったが、現在、池田大作氏は高齢でもあり、氏の証人喚問は現実的ではない。自民党と公明党は、小沢氏を証人喚問できてもいいし、出来なくても民主党がもめ続けていればいいと思っていることだろう。

 民主党執行部が野党の小沢氏証人喚問要求に乗る手もないではないが、これは党内でも相当数の反対者がいるだろうし、前述の通り世論の支持につながっていない。この件でこれ以上もめても、あるいは証人喚問が実現しても、むしろ民主党に対する批判が集まることになるだろう。

 小沢氏側は、いざとなれば、単独で離党する選択肢もあるし、民主党内に残る議員のほんの2~30名程度の手勢を寝返らせることによって、ただでさえ成立が危ぶまれる予算関連法案が通らなくなってしまう。

 小沢攻め(同時に「責め」)は、菅政権側からは、これ以上手が続かない状況なのではないか。

 尚、強制起訴後の小沢氏のコメントだが、検察による起訴と検察審査会による強制起訴との差を強調しているが、これは、原則論としておかしい。起訴は有罪ではないということがあくまでも重要な原則であり、基本的人権にも関わる問題だ。白黒は裁判で決めたらいい。検察が自信を持って起訴したのならより重大であり、離党に値するという理屈は止めた方がいい。小沢氏の元秘書だった石川議員を離党させたことと平仄を合わせたものか、或いは、検察に対して媚びを売っているのか分からないが、納得しにくい。特に、厚労省の村木元局長の事件などを経て検察に対する信頼性が低下している時だけに、なおさらだ。

■菅首相は攻撃を受け切れるか?

 局面を見ると、小沢氏を攻める手を指しても、菅政権側にプラスは無い。

 あるとすれば、この問題で迷走を続け、各地の選挙にも負け続けている岡田幹事長の立場が一層悪くなって、ポスト菅のポジション争いで岡田氏が一歩後退するという別の勢力争いへの影響程度のことではないか。

 では、国会運営でも、支持率でも行き詰まっているように見える菅氏は、野党をはじめとする批判勢力の攻めを受け切って首相を続けていくことが出来るだろうか。

 筆者は、たぶん無理だと思う。

 前述の通り、自民、公明、みんなの党は解散を恐れておらず、菅政権との対立を深めていきたい。

 一方、民主党内では、菅首相が看板では統一地方選挙が戦えないという声が一部からは既に上がっている。民主党にとっての力学的均衡点は、予算案と関連法案の成立と引き替えの菅首相退陣ではないだろうか。

 民主党は総選挙となると、議員の数を大きく減らすことが確実であり、再び政権に就けるかどうかが怪しい。いわゆる「小沢チルドレン」をはじめとする先般の総選挙で当選した一回生議員などは選挙に対して不安を持っているだろうが、勝てない解散をして政権を手放すことは避けたいというのが、民主党内の多数意見だろうし、菅氏も負ける公算の大きな解散には踏み切れまい。

 また、解散をちらつかせて党内に脅しをかけても、前述のように何人かが離反すると予算関連法案が通らなくなって、将棋で言うと一手早く菅氏の王様が詰んでしまう。予算を通せない状況での解散は、単に投了図を汚すだけだ。

 すると、民主党の大勢にとって合理的なのは、菅氏が降りて、新しい代表の下で地方選を戦い、場合によっては解散することではないだろうか。

 新代表に交代して支持率の高い状態で選挙をやられるとなると、自民党も公明党も情勢判断が変わる可能性が大きい。解散賛成とばかりも言えなくなるだろう。

■新首相は前原外相が有力

 大多数の民主党員にとっては、予算案の年度内成立と同時に菅首相が退陣し、新しい代表になって支持率を上げて統一地方選に臨み、解散はしばらく回避することだろう。

 菅氏の王様は詰み筋を逃れられまい。しかし、将棋と違って政治は一人の王様が詰んでも、別の人物が王将になってゲームが続く。「三手の読み」の先を勝手に読んでみよう。

 その前に、菅首相に引導を渡すのは、たぶん仙谷民主党代表代行だろう。「次」が非小沢系の人物であれば、政権運営のために官房長官更迭を呑んだ仙谷氏の引退勧告に対して菅氏は逆らえないのではないだろうか。

「次」は、ずばり前原外相だろう。党内の一方の実力者である仙谷氏と近いし、国民に対する知名度・人気が他の候補者と比べると頭一つ抜けている。かつての代表時代の「偽メール事件」の一件ではミソをつけたが、そろそろほとぼりが冷めた。本来は、尖閣諸島沖の中国漁船衝突問題の責任があるポストだし、普天間の問題にも責任がないとは言えないが、それぞれ別の人(仙谷氏、鳩山氏)が表立った責任を負った。先般の訪米時には米国側から歓待を受けており、米政府の覚えもめでたい。

 外相、幹事長と要職にありながら成果が上がらず、今回、また小沢問題の処理にもたついた岡田氏よりも有利ではないか。

 筆者の読み通り前原氏が次の首相となるとしても、あるいは、菅首相が起死回生の妙手で生き残るとしても、その先の指し手は難しい。

敢えてアドバイスを送るなら、(1)「社会保障と税の一体改革」をいったん棚上げして、社会保障の改革を先行させること、(2)TPPの消費者レベルでのメリットを強調すること、(3)小沢系の議員にポストを与えて人事で彼らを取り込むこと、がポイントだろう。前回総選挙での国民の最大の要望は「安心できる年金制度の確立」だった。これと、財政支出の削減に先に手を打たないと、国民は増税に納得しないだろう。

 ここは、「消費税を社会保障目的税に」という小賢しい手を使わずに、先ずあるべき社会保障制度を確立すべきだ。満足できる器が出来れば、消費税は、マクロ経済の環境が整った時に上げたらいい。

 先般の日本国債格下げの際のS&Pのリリースペーパーをよく読むと「政府は2011年に社会保障制度と消費税率を含む税制の見直しを行うとしているが、これにより政府の支払い能力が大幅に改善する可能性は低い」と言っている。不景気に加えてデフレの下での増税は経済にマイナスであり、財政収支の改善に役立つかどうかも怪しい。

 また、貿易の自由化は、国民にメリットがあるはずであり、これを上手に訴えないことは政治的にももったいない。

 加えて、党内のマネジメントが重要だ。「小沢系」との対立を先鋭化させるよりも、人事で彼らを要職に「取り込む」ことが有効ではないか。堅い穴熊囲いも、守備の金銀が王様の側を離れると脆い。筆者の読みでは、首相の交代は春のはずだ。党内の掌握には「北風よりも、太陽」が有効ではないか。