ムスリム同胞団は前ほど怖くない
Should We Fear the Muslim Brotherhood?


イスラム原理主義組織として恐れられる「最大野党」も、とうに武力闘争は捨て、現実路線に転換している


シャディ・ハミド(ブルッキングズ研究所ドーハセンター調査部長)
(Newsweek2011年02月03日16時11分) http://p.tl/WEsM


エジプトのムバラク政権が終焉を迎えそうな今、アメリカは誰が新政権の座に就くかに関心を寄せている。その筆頭候補と見られているのがイスラム原理主義組織、ムスリム同胞団だ。非合法化されてはいるもののエジプトの実質的な最大野党であり、メンバーや支持者は数十万人に上る。

「第2のイラン」を連想させるムスリム同胞団は、アメリカ政府の不安をかき立てている。欧米の政策担当者や専門家は、反民主勢力が市民革命を乗っ取ろうとしていると警鐘を鳴らす。エジプトがイスラム親政国家になるのもそう遠くない、と。

 アメリカは、理想と国益の矛盾に悩まされている。民主主義は理想だが、エジプトでは民主主義がアメリカにとって好ましくない政権を生み出そうとしている。これこそ、アメリカの中東政策を長らくまひさせてきた「イスラムのジレンマ」だ。同胞団が政権を取るなら、エジプトの民主革命に何の価値があるだろう。

 ムスリム同胞団の国内政策・外交政策を不安に思うのは当然としても、今日の同胞団はかつての同胞団ではない。彼らは何十年も前に武装闘争を放棄し、最近は民主主義の基本要素の多くを取り入れると表明している。そこには政権交代、主権在民、司法の独立といった要素が含まれている。

 政策綱領では、旧来のイスラム教的内容を大幅に減らしている。かつては「シャリーア(イスラム法)の適用」について延々と語っていたが、今ではイスラムの価値観や倫理を漠然とした表現で宣伝する程度だ。スローガンも「イスラム国家」の実現から、「イスラム教を重視した市民・民主国家」へと変わってきている。


■イスラエルとの平和条約破棄なら大事

 同胞団は決してリベラルな勢力ではないし、すぐにそうなることもないだろう。女性の人権問題や社会における男女隔離など、ほとんどのアメリカ人が不快に感じる方針も抱えている。しかし選挙で投票するのは私たちアメリカ人ではなく、エジプト人だ。

 ただしアメリカは、女性差別や信教の自由といった点から同胞団を恐れている訳ではない。何しろアメリカの最も親密な同盟国の一つは、世界で最も神権を重んじるサウジアラビア。保守的なイスラム国家でありながら、中東におけるアメリカの安全保障政策を支持している。

 むしろ本当に気掛かりなのは、イスラエルとアメリカを激しく非難する同胞団が、中東におけるアメリカの国益を邪魔する存在になるかどうかだ。特に重要なのは、イスラエルとの平和条約を破棄するかどうか。しかしそうなる可能性は低い。条約破棄という一線を越えたら、国際社会が許さないことは同胞団もよくわかっている。どんな暫定政権であろうが、彼らはガタガタになった国家の再建に取り組まなければならない。アメリカとの関係を悪化させて多額の援助を失うようなまねはしないだろう。

もちろん先行きは確実視できない。ムスリム同胞団の変化をイスラエルが楽観視できないのも当然だ。しかし行き過ぎたイスラム化によって生じるリスクは、政策の工夫で軽減できる。今後選出されるエジプトの指導者がイスラム主義者だろうと世俗主義者だろうと、アメリカと国際社会はその権力を牽制する政治体制の構築を促すことができる。

 安全保障協力などの重要事項について意見交換するために、米政府は同胞団との対話を始めるべきだ。そうすれば、実用主義で改革志向のイスラム指導者にある程度の影響を与えられるだろう。反政府勢力が政権を握った後ではなく、それ以前にパイプを作っておくほうがいい。後では手遅れになることが多いからだ。


■同胞団なしの民主化はあり得ない

 もちろんそれにはムスリム同胞団がエジプト政府の主流になり、外交政策を牛耳ることが前提になる。同胞団の幹部らはここ数日、信条よりも実用主義を優先させるとする一連の声明を出している。世界中の人々が注意深く、不安な気持ちでエジプトの動向を見守っていることを彼らは知っている。

 同胞団の幹部であるソビ・サレハはウォール・ストリート・ジャーナル紙にこう語っている。「欧米諸国は我々をイランのシーア派政権のように考えている。だが我々はトルコの政権にずっと近い」。彼はさらに、同胞団は78年にイスラエルと結んだ和平合意を守るつもりだ、と述べた。これは同胞団の幹部たちが、過去に繰り返し述べてきたことだ。

 いずれにせよ、同胞団は外交政策より国内問題に注力する可能性が高い。メンバーの大量逮捕や資産没収など、同胞団に対する政治的弾圧は年々強まっていた。その中で社会・教育活動を再開し、組織を立て直すために政治的自由を手にすることが同胞団の最優先事項となっている。

 彼らはそれを果たすべく、ノーベル平和賞受賞者のモハメド・エルバラダイ国際原子力機関(IAEA)前事務局長の支持に回っている。エルバラダイは暫定大統領になる可能性が最も高く、最も世俗的な立場を貫いているエジプト人政治家の1人。エジプトでは、外交政策をまとめるのは議会ではなく大統領だから、ムスリム同胞団がエジプト外交を動かすというシナリオは考えにくい。


 同時に、最も組織化が進んだ国内最大の野党勢力である同胞団が参加しないエジプト民主化、というシナリオも考えにくい。今のアラブ世界では民主主義の問題と、政治におけるイスラム教の問題は切り離せない。どんな新政権であれイスラム主義者を排除すれば、それは国民の代表とも正統ともみなされない。

「挙国一致内閣」とは文字通り、挙国一致を意味する。真の結束を実現するには、すべてのエジプト人がエジプトの未来に関わる必要がある。たとえそれがアメリカ人好みではない勢力だとしても──。

(Slate.com特約