問題が多い税制改正。中金持ちを増税する一方で、大金持ちを減税。

この国の形をどうするのか、今こそ考えるべきだ。


森永卓郎
(SAFETY JAPAN 2011年 2月1日)http://p.tl/n05 _


■本当に「高額所得者狙い撃ち」なのか
 
 今年度の税制改正の骨格を示す税制改正大綱が2010年12月16日に発表された。

 新聞やテレビは一斉に「高額所得者狙い撃ち増税」と評したが、本当にそうだろうか。

 確かに給与所得控除を年収1500万円で打ち止め、年収568万円以上世帯の成年扶養控除を廃止、在職5年以下の企業役員が受け取る退職金の増税、相続税の基礎控除を縮小などが、個人増税のメニューとして並んでいる。

 相続税は、そもそも課税対象になる遺産相続が全体の4%に過ぎないから、いずれの増税も庶民には無縁の話だ。


■「本当の金持ち」への増税は、ほとんどない
 
 ただ、問題は「本当の金持ち」への増税がほとんどないということだ。

 例えば、相続税については、最高税率が70%だったものを小泉内閣時代の2003年に50%に引き下げている。金持ち増税を目指すなら、最高税率を70%に戻すべきなのだが、今回は55%への増税にとどめている。

 所得課税についても、現在50%となっている所得税・住民税の最高税率は据え置かれた。

 だが、より大きな問題は、法人税の実効税率が40%から35%へと引き下げられることだ。

 実は、多くの大金持ちは、自分の会社を持っている。だから、個人所得税の増税は手痛い打撃にはならないのだ。なぜなら、給与をもらうのをやめて、会社の所得にしておけばよいからだ。

 会社の所得を使って銀座で飲み、会社の所得でハイヤーに乗り、会社の所得でゴルフに行く。交際費として課税されても、税金は35%払えば済むのだ。50%の所得税・住民税を支払うよりずっと負担が小さい。だから、大金持ちにとって重要なのは所得税率ではなく、法人税率なのだ。


■中金持ちを増税して、大金持ちを減税
 
 今回、個人全体の税負担は6000億円の純増と言われる。一方、企業の税負担は6000億円の純減だ。このことは、中金持ちを増税して、大金持ちを減税することに他ならない。

 それだけではない。現在、上場株式の配当金は分離課税で10%の課税にとどまっている。この証券優遇税制は平成23年で廃止されることになっていたが、これが今回2年間延長されることになったのだ。

 例えば、鳩山前総理の一族は、ブリヂストン株を中心に億単位の配当収入を得ていると言われる。そこに対する課税は、たった10%なのだ。

 極論すると、汗水流して働いた中金持ちサラリーマンは税率が最高で50%、大金持ち役員は会社に所得を貯め込んで税率35%、そして働かずに配当生活の超大金持ちは税率10%というのが、民主党政権が提示した税制なのだ。

 こんなバカな話はない。普通の国の普通の税制は、汗水流して働いた所得にはほどほどの税金をかけ、不労所得には重い税金をかけるというものだ。民主党の税制改正は、その真逆をやっていることになる。


■法人税が高いと、企業は本当に海外に逃げるのか
 
 なぜ、こんないびつな税制改正が行われたのか。

 そもそも、個人への増税とセットで法人税率の引き下げを図る動きは、日本経団連がずっと主導してきた。旗振り役の経済産業省は、「法人税が高いので日本に立地する企業が海外に流出している」と主張している。

 だが、法人税率の高い、低いが企業の海外移転の主な理由にならないことは、政府の企業調査でも裏付けられている。

 経産省の「海外事業活動基本調査結果概要確報」(2008年度実績)によると、「08年度に海外現地法人に新規投資または追加投資を行った本社企業」が投資決定のポイントとしてあげたのは、「現地の製品需要が旺盛または今後の需要が見込まれる」がもっとも多く、全企業で65.1%、大企業で70.5%を占めた。

 法人税にかかわる「税制、融資等の優遇措置がある」は全企業で11項目中7位(8.3%)、大企業で7位(8.0%)に過ぎない。

 「法人税を引き下げないと企業が海外に逃げる」という主張には全く根拠がない。


■アジアでの競争力と法人税率は関係がない
 
 また、経団連は「法人税を下げないとアジアでの国際競争に勝てない」と主張する。しかし、日本企業が進出したアジアなど新興国の市場での日本企業の競争相手の多くは日本企業や欧米の多国籍企業というのが実態だ。

 2009年度版「ものづくり基盤技術の振興施策(ものづくり白書)」は、新興国市場における競合相手の状況を紹介している。日本企業の競合相手は、日本企業がもっとも多く、29.4%を占める。欧州連合(EU)は15.0%、アメリカは6.1%で、日米欧合わせると5割に達する。

 進出した国・地域での競争相手が日本企業なのだから、アジア諸国の法人税が低いとの理由で法人税を下げなければならないという理屈は通らない。


■法人負担が国際的に見て大きいかは、議論の余地あり
 
 確かに法人実効税率だけを国際比較すると日本は高水準で、財界が法人税の減税を求めるのも、もっともかのように思える。しかし、冷静に考えるなら、税金だけでなく、社会保険料負担も含めて考える必要がある。

 企業の法人所得税と社会保険料の事業主負担分を合算した数値を名目GDPで割った比率の国際比較で見ると、以下の点が指摘できる。

(1)GDPとの比率でみた場合、日本企業の租税負担率は大きい。

(2)しかし、社会保険料負担も加味して考えると、日本企業の負担率は大きいとは言えない。

(3)フランス、イタリア、ドイツといったヨーロッパの企業は、租税負担率では、日本企業よりも低いが、社会保険料負担が極めて大きいため、合計すると、日本企業を上回る負担をしている。特に、フランス企業の場合、日本企業の倍近い負担率であり、このあたりにも、サルコジ新大統領が掲げた「新自由主義的」経済政策が支持された理由がありそうである。

(4)日本が、米国のような小さな政府ではなく、「ヨーロッパ型の福祉社会」を目指すのであれば、企業の社会保険料負担をもう少し高くしてもよいのではないか、と思われる。しかし、日本はヨーロッパのような福祉水準ではまったくない。


■消費税を引き上げる必要などまったくない
 
 今の税制の本当の問題点は、90年代以降、所得税、法人税の減税が相次ぎ、税収調達能力が低下したことにある。深刻な不況の中、税率引き上げは難しいとしても、所得税、法人税の課税ベース(対象)拡大はできる。景気が回復すれば、自然に税収が伸びる本来の姿を取り戻すべきだ。

 一方、菅政権は、ついに消費税の引き上げに向かって歩み始めた。以前にも指摘したが、2007年の消費税収が税収全体に占める比率は、日本とスウェーデンがまったく同じ数字になっている。標準税率が5%の日本と25%のスウェーデンが同じということは、日本の消費税はすでにスウェーデン並に高いということもできるのだ。

 消費税に関しては、また稿を改めて詳しく論ずるが、食料品等の軽減税率もなく、所得課税も低い日本は、すでに相当高い消費税負担をしているのだから、安易に消費税増税を検討すべきではない。財政再建のためにやれることは、ほかにいくらでもあるのだ。


■この国の形をどうしたいのか、今こそ問い直そう
 
 一方、不況にあえぐ中小企業を支援するための税制改正は手つかずだ。

 中小企業に対する消費税の免税点が2004年に売り上げ3000万円から1000万円に引き下げられ、中小企業の業績を直撃している。

 また、中小企業団体が要求している「家族従事者に支払った賃金を必要経費として認めない所得税法56条の廃止」「中小企業の事業継承に関連した相続税の減免」「商店街・町工場の固定資産税負担軽減措置」などについては、今回も見送られた。

 民主党には、この国の形をどうしたいのかについてのビジョンを今こそ問いたい。

 庶民は、身の回りに中金持ちが何人もいる。だから、そうした中金持ちが増税の憂き目にあうと、内心で喝采を送ってしまう。しかし、その陰で大金持ちは増税されないか、むしろ減税されるのだ。

 どこから税金を取るのかは、政府の最大の権力の行使だ。その税制で、こんなことをやられてしまったら、何のために政権交代をしたのか、全く分からないのだ。


森永卓郎(もりながたくろう)
1957年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画局(出向)、三井情報開発総合研究所、三和総合研究所(現:UFJ総合研究所)を経て2007年4月独立。獨協大学経済学部教授。テレビ朝日「スーパーモーニング」コメンテーターのほか、テレビ、雑誌などで活躍。専門分野はマクロ経済学、計量経済学、労働経済、教育計画。そのほかに金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で論評を展開している。日本人のラテン化が年来の主張。