「悪党・小沢一郎」の作られ方

成瀬裕史

(JAMJAM Blog 2011年 2月 5日 23:09) http://p.tl/hZlv


 あく-とう【悪党】:1 悪事を働く者の仲間。2 悪人。悪者。3 中世、特に南北朝時代、荘園領主や幕府に反抗した荘民とその集団。[大辞泉]

 1月31日、とうとう小沢一郎氏が起訴された。昨年9月14日に開かれたと「される」東京第5検察審査会での二度目の「起訴相当」議決を受けてから4ヶ月、あれだけ騒がれた「政治とカネの問題」の大きな区切りの割には、起訴内容の詳細を伝えるマスコミはウェブ上には見当たらない。
報道では、起訴内容を<小沢氏は秘書らと共謀し、2004年10月に陸山会が小沢氏から4億円を借り入れ世田谷区の土地を約3億5000万円で購入しながら同年分の政治資金収支報告書に記載せず、翌年2005年分の収支報告書に記載>などと「さらっと」述べるにとどまっている。
 テレビや新聞で、「大久保秘書が“請求書”を出して西松建設にヤミ献金を強要した」とか、「石川秘書が全日空ホテルで水谷建設から現金5千万円を受け取った」とかとあれだけ騒いだ当時の「報道」を見聞きした多くの国民は、起訴事実にこの「西松事件」や「水谷事件」が含まれていると未だに思っているのではあるまいか。
 ましてや、この「西松事件」や「水谷事件」が根も葉もない「でっち上げ事件」だったことなど、未だに知らずにいるのではなかろうか。
 しかし、今となっては「誤報」といえるこれらの報道に対し、マスコミはあえて「訂正」などしないばかりか、西松・水谷関係者の「否定発言」さえ殆ど報道していないのであるから、この「国民の無知」は致し方ないことでもある。
 そのくせ、当時の「誤報」については、ウェブ上から完全に「削除」されており、当時のニュースを検索しようとしても個人のブログの「貼付記事」に頼らざるを得ないが、当時の「報道」とその後発覚した「事実」を比較してみたい。


■消えた「西松事件」
 衆院解散間近と囁かれていた2009年3月3日、大久保秘書が東京地検に逮捕された際、共同通信は、

<準大手ゼネコン西松建設がダミーの政治団体を使って小沢一郎民主党代表の資金管理団体「陸山会」に違法献金したとされる事件で、東京地検特捜部は4日、小沢代表から参考人として事情聴取する検討を始めた。
 特捜部は陸山会代表者の小沢氏に違法性の認識の有無を確認する必要性が高いと判断。逮捕された公設第1秘書の大久保隆規容疑者(47)の監督状況なども聴く方向とみられる。>と報道している。
 小沢氏に対する事情聴取の「検討を始めた」という“事実”と、「監督状況なども聴く方向とみられる」という“憶測”をあわせて、「小沢氏が怪しい」と印象づけている。
 さらにNHKオンラインでは、

<(大久保秘書は)東京地検特捜部の調べに対し、「西松建設からの献金だと認識していた」と、うその記載を認める供述をしていることが関係者への取材でわかりました。>と報道している。
 また、朝日新聞は、

<陸山会が「西松建設」から同社のダミーとして使われていた政治団体経由の迂回(うかい)献金を受ける際、西松建設に請求書を出していたことが関係者の話でわかった。
東京地検特捜部は、関係先からこれらの請求書と領収書を押収。小沢代表側が、ダミーの団体からの献金が西松建設の資金であることを認識していたことを裏づける証拠とみて調べている模様だ。>と報じている。
 しかし、この大久保元秘書の取調べは、郵便不正事件での「証拠ねつ造」で起訴されている前田元検事が担当していたというのは、ネット上では「周知の事実」である。
 最近になってやっと、例えば朝日新聞は、

<大久保元秘書の取り調べは当時、東京地検特捜部に大阪地検特捜部から応援に来ていた元検事・前田恒彦被告(43)=郵便不正事件をめぐる証拠隠滅罪で起訴=が担当。5通の中には、それまでの否認から一転して起訴内容を認めた調書も含まれるとされる。>などと報道している。
http://www.asahi.com/national/update/0121/TKY201101200606.html
 「証拠ねつ造」の前田元検事のこととなると、マスコミも「事実を報道」せざるを得ないようだ。
 しかも、この「大久保秘書が西松建設からの献金をダミーの政治団体からと虚偽記載した」との訴因については、2010年1月13日の第二回公判で西松建設の元総務部長が「政治団体がダミーとは全く思っていなかった」と証言したことから、検察側は公判を維持することが困難となり、石川議員が逮捕された「陸山会事件」(土地購入をめぐる虚偽記載)の共犯として再逮捕し、現在は「陸山会事件」に訴因が変更されている。
 つまり、「西松事件」は「でっち上げ」であり「起訴事実」からもなくなっているにもかかわらず、この「重大事実」を報道しているマスコミは殆どない。


■世紀のガセネタ?「水谷事件」
 通常国会を目前とした2010年1月15日、今度は石川議員が東京地検に逮捕されたが、その直前の13日、時事通信は、

<関係者によると、中堅ゼネコン「水谷建設」(三重県桑名市)の元幹部が昨年の事情聴取に、2004年10月と05年4月に、小沢氏側に各5000万円、計1億円の裏献金を渡したと供述した。
 特捜部はこのうち04年10月の5000万円が、同月の陸山会による土地購入の原資となったとみて、小沢氏の地元岩手県で建設中の「胆沢ダム」の工事に参入したゼネコン各社の担当者らを一斉に事情聴取していた。
 捜索を受けた鹿島は同月上旬、胆沢ダム本体工事を落札、水谷建設は下請けに入っていた。>と報じている。
 また、この13日には「東京地検特捜部が陸山会や鹿島建設へ家宅捜索に入った」というニュースがテレビの速報などで一斉に報道され、あの「ロッキード事件」を彷彿とさせる「大捕り物」の予感を演出させた。
 しかし、「大山鳴動」した割には「鼠一匹」さえ出なかったのは周知の事実である。
 しかも、この「裏献金」を供述したという水谷建設の元会長は、日刊ゲンダイの取材に対し「石川、大久保なんて会ったこともない。石川被告の顔は報道でクローズアップされて知っているが、それまで石川のイの字も知らなかった」と証言している。
 また、TBSに至っては、水谷建設から5000万円を受領したのを目撃したという「水谷建設に近い関係者」なる人物の証言を元に『小沢幹事長側ウラ献金疑惑 金銭受け渡し現場核心証言』と題し昨年の1月27・28日、「再現フィルム」まで放映してしまった。
 さらに、この件については「『石川議員の手帳に“全日空”の文字』とのリークは丸一年の“期ズレ”だった」というオチまで付いている…。
 また、共同通信は昨年2月3日、

<土地代金に充てられた4億円の収入を記載しないことを小沢氏に報告し、了承を得ていたと供述していることが2日、関係者の話で分かった。>と報道している。
 しかし、石川議員はこの供述を否定しており、加えて昨年5月の再聴取の際、検察側が「供述を翻すと小沢氏の検察審査会で不利になる」と自供を誘導した取調べのやりとりが録音されていると、最近になって報道されている。
 マスコミの常套手段である「関係者の話」も、「録音」には勝てないということだろうか…。


■「でっち上げ」のリークは罪にならない?
 これまでも「正義」の検察が、捜査情報をマスコミに「リーク」しながら「世論」を味方につけて、「巨悪」に立ち向かうという“構図”に国民が「拍手喝采」を浴びせた事件は少なくなかった。
 しかし、今回の小沢氏の「政治とカネ」の問題の中枢をなすであろう「西松事件」と「水谷事件」については、事実無根の「でっち上げ」だったことが明らかとなった。
 これらの「虚構」と「誤報」について、誰が責任を取るのであろうか…。
 しかし、考えてみれば、捜査に係る「真実」をマスコミに漏らしたとしたら「公務員の守秘義務違反」に問われることとなるが、「根も葉もないでっち上げ」の話をしたとしても、それは単なる憶測の「放言」であって「守秘義務違反」には当たらない。
 そんな根も葉もない「虚言」を事実関係も確認せずに「関係者の話」として報道するマスコミの側にこそ「誤報」の責任がある、といわれたら反論はできない。
 そろそろマスコミも、村木厚子元局長の「冤罪事件」を教訓に、「リーク」に頼る報道姿勢を改めたらいかがであろうか。
 たとえ「名誉毀損」で巨額の賠償請求を訴えられたとしても、リーク先の「関係者」を明らかにすることなど、「怖くて」決して出来ないであろうから…。


■“政治事件”が検察審査会で受理されるには
 今回の「強制起訴」の報道に際し、マスコミは過去の例として「明石花火大会歩道橋事故」や「JR福知山線脱線事故」を挙げているが、事故の場合は検察審査を「申立て」することが出来る「被害者」が明確である。
 しかし、政治資金規正法違反のような政治事件の場合、「被害者」の特定は難しく、「申立て」を受理するには事件の「告発人」である必要がある。
 今回の小沢氏の「強制起訴」の場合は、行政書士や元新聞記者による東京都内市民団体「真実を求める会」が2010年1月21日、小沢氏と3人の秘書を政治資金規正法違反容疑(虚偽記載)で東京地検に「告発状」を提出し、東京地検特捜部はこれを受理した上で、直後の23日に小沢氏を任意で事情聴取している。
 また、2010年10月8日、朝日新聞は、検察審査会の「審査申立人」は小沢氏を東京地検に告発した市民団体「真実を求める会」で、「今年の1月15~16日に小沢氏の元秘書3人が逮捕される中、『秘書に責任を押しつけ小沢氏だけが逃げるのだとしたら許せない』として、急いで小沢氏を『被告発人』に含めた告発状を作って、同21日に特捜部に提出した」との談話を報じている。
 東京地検特捜部としては、「大物政治家」たる小沢一郎氏を事情聴取するに際し、特捜部の“独断”では起訴できなかった場合の「リスク」が大き過ぎ、市民団体の「告発」が大きな後ろ盾になったと思われる。
 しかも、実際に嫌疑不十分で起訴できなかった場合でも、「告発人」である市民団体が検察審査会に「申立て」してくれたら、検察審査会による審査に持ち込むことが出来る。
 この「市民団体」による「告発」と「申立て」は、地検特捜部には大きな「援軍」であり、市民団体と検察との関係は、「赤の他人」だとは決して思えない気がする。
 そもそも、特捜部が告発状を「受理」しない限り、全ては「始まらない」のである。
 作家の佐藤優氏がネットのコラムに、昨年の2月6日に保釈直後の石川氏と会った際に、石川氏は、取り調べを担当した副部長から小沢氏は不起訴となると聞かされたという話に続けて、
「副部長は『小沢先生が不起訴になっても、検察審査会がある。そして、2回起訴相当になる。今度は弁護士によって、国民によって小沢先生は断罪される』と言っていました。そんなことがあるのでしょうか?」
と佐藤氏に尋ねたと書いているが、http://news.livedoor.com/article/detail/4743803/
この証言が現実味を帯びてくる。
 最近、新たに、<小沢一郎民主党元代表の関連政治団体「改革フォーラム21」が政党支部を介して3億7千万円を小沢氏の資金管理団体「陸山会」に寄付したのは、政治団体間の寄付額上限を定めた政治資金規正法に違反するとして、市民団体「政治資金オンブズマン」(大阪市)のメンバーらは4日、小沢氏と改革フォーラム21の会計責任者だった平野貞夫元参院議員に対する告発状を東京地検に送付した。>との報道がある。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110205-00000097-san-soci
 今回の「強制起訴」が無罪となった場合の「押さえ」として早速打った「第二手」と思えてならない…。


■実際の開催が「疑問視」される検察審査会
 二度続けて平均年齢が35歳と「異常」に若いこと、二度目の平均年齢を事務局が二度も訂正していることなど、9月14日に二度目の「起訴相当」を議決したとされる「東京第5検察審査会」には、疑惑が多い。
 そもそも小沢氏が民主党代表選を争った議員総会の当日、しかも議員投票の直前に「起訴議決」がなされたこと。その事実が公表されたのが、20日も過ぎた10月4日だったこと。起訴議決の6日前の9月8日に「補助員の弁護士が選ばれ審査が本格化、10月末までに結論がでる公算が大きい」と全国紙が一斉に報じていたこと。これまでの捜査内容を報告した検事が「10月に検察審査会に出向いた」と知人に話していること。などなど、この「東京第5検察審査会」をめぐる疑惑は数多い…。
 最近では、この検察審査会の実態について地道に調査を続けている民主党の森ゆうこ参院議員が、
「ある検察幹部が、私の調査に相当ナーバスになっているらしく、「鉄槌を下してやる」と言って、「不祥事」を捜していると司法記者から聞いた。「不祥事」は何でも、いつでも捏造できる。そして、私のやっている事は司法に対する政治介入だとキャンペーンを記者たちに行っているとのこと。気をつけなきゃ」とツイッターで語っている。
 森ゆうこ議員には、十分に「お気をつけ」いただくとともに、願わくば「西松事件」や「水谷事件」についても、これらの事件が「でっち上げ」られ大々的に「報道」されていった構図について、是非とも明らかにしていって欲しいものである。


■「現代の悪党」小沢一郎
 以上、これまで述べてきたように、①三人の秘書を「期ズレ」「見解の相違」程度の微罪で起訴した「検察」、②これに関する数々のリーク報道を垂れ流した「マスコミ」、③三人の秘書に小沢氏を加えて検察に告発し検察審査会に申立てした「市民団体」、④国民の代表として起訴相当を議決した「検察審査員」の四者が、抜群のチームワークにより連携しながら、小沢氏を「刑事被告人」たる「悪党」に仕立てていったように思われる。
 しかし、かつて南北朝時代に「悪党」と呼ばれ、荘園領主や幕府に反抗した人々の集団は、当時の正統たる統治者「後醍醐天皇」を押し立て一致団結して立ち上がり、とうとう鎌倉幕府を滅亡させた。
 現代に翻ると、それは、「国民の生活が第一。」と主権者「国民」尊重の方向を打ち出して「政権交代」を実現させた、小沢氏の姿と重なる。
 しかし中世では、後醍醐天皇による「建武の新政」は早々に武士の不満を招き、たった二年半で瓦解した。後醍醐天皇とともに戦った「悪党」楠木正成は「湊川の戦い」で敗れ、足利尊氏は新たに室町幕府を開いたが、それは同時に朝廷が二つに分かれた「南北朝時代」の幕開けともなった。
 私にはこの「史実」が何か余りにも、現在の民主党政権と今後の日本の政治状況を暗示しているように思えてならない…。


成瀬裕史記者のプロフィール
1960年生まれ。北日本の一地方在住。一次産業を主とする“地方”の復興のため、明治維新から続く中央集権・官僚主導の国家体制の“CHANGE”を志す。