危うい前原ロシア外交 北方領土の返還
(東京新聞2011年2月19日)http://p.tl/EPtC
 ロシアが北方領土の実効支配を強める中、民主党政権は経済協力先行の方針に転換した。しかしロシアは領土交渉を拒絶し政経分離は逆効果になった。
 前原誠司外相はモスクワでの十一日のラブロフ外相との会談で、日本側の法的権利を侵さない前提付きながら、北方四島での経済活動に日本企業が参加する可能性を検討するハイレベル協議を自ら提案した。フリステンコ産業貿易相とは経済協力を進める官民合同の「円卓会議」設置で合意した。
 ところが、ロシア外務省のルカシェビッチ報道官は十七日の記者会見で、北方領土問題について、「日本とはいかなる交渉もしない」と明言した。

◆ロシアは中韓も誘致
 最高実力者のプーチン首相が昨年十一月のメドベージェフ大統領に続き、近く北方領土を訪問するとの情報もある。
 国後島の企業が中国・大連の企業とナマコ養殖の合弁事業で合意したことも明らかになった。ロシア側は北方領土への中国、韓国企業などの誘致を本格化し日本への圧力を強めている。
 北方領土の経済開発に中韓企業が参加すれば、領土交渉はさらに困難となる。中韓両国に日本との友好関係を損なう行為を控えるよう働きかけなければならない。
 メドベージェフ大統領の北方領土訪問を重く見た前原外相は昨年末、領土交渉の根本的見直しに着手した。「日ロ関係は領土だけではない」として、領土交渉とは別に「経済外交」を進める政経分離への政策転換を主導した。菅直人首相も、先月の施政方針演説でそれに沿って軌道修正している。
 経済外交は前原外交の目玉だが、領土交渉は国家主権に関わる重大問題だ。解決の見通しが立たないからといって、ロシアへの経済外交を優先すべきではない。

◆経済は最大のカード
 北方領土返還交渉で日本が持つ最大のカードは「経済」だ。ロシアは旧ソ連以来、領土交渉を経済問題と切り離し日本から最大限の経済協力を獲得する政経分離戦術をとり続けてきた。ロシア政権の高官らは「経済協力を拡大させ領土問題解決の環境整備を先行すべきだ」としきりに強調する。
 領土交渉が最悪の局面を迎えた最大の責任はロシア側にあるが、日本側の交渉姿勢にも問題があった。自民党政権はロシア側の期待に応え福田康夫政権が東シベリアでの油田共同開発、麻生太郎政権は日ロ原子力協定という重要プロジェクトに踏み出したが、領土交渉は一歩も前に進まなかった。
 ただ麻生氏は大統領に「経済協力だけが進行し領土問題が進展していない」と苦言を呈していた。前原外相の方針転換は、ロシアの狙い通り、交渉カードを自ら放棄したことを意味する。
 日本側の対ロ戦略は揺れ動いてきた。冷戦時代の対ソ政策は、領土交渉で進展がなければ、経済協力は進めないという「政経不可分」が大原則だった。

 しかしソ連崩壊前からロシア(ソ連)側の軟化姿勢に応じて修正を重ねる。
 ゴルバチョフ政権には領土と経済協力をともに進める「拡大均衡」、新生ロシアのエリツィン政権には経済協力や安保協力など多方面での関係発展の中で領土交渉を進める「重層的アプローチ」。エリツィン時代、活発な首脳外交も相まって交渉は進展したが実を結ばず、二島返還での決着を目指すプーチン政権登場で対ロ外交は迷走を極める。仕切り直しを図る「日ロ行動計画」で領土の比重はさらに低下していた。
 冷戦期のソ連に先祖返りしたかのような強硬政策にもかかわらず、前原外相はモスクワで経済協力推進を強調した。宥和(ゆうわ)姿勢はロシアに「領土要求は建前であり本音は経済関係の強化だ」という誤ったメッセージを送った可能性が高い。
 日本側に四島返還方針の放棄を迫り攻勢を強めるロシアは北方領土向けに揚陸艦ミストラルなどの配備を表明、十九世紀の砲艦外交さながらの軍事的威圧までも加えるに至っている。

◆対ロ政策の全面刷新を
 日本政府はロシアによる対日政策の根本変更を踏まえ、対ロ政策を抜本的に刷新すべきだ。対抗手段の発動も辞さない、毅然(きぜん)とした姿勢を示すことが必要だ。
 日本は、ロシアが垂ぜんの的とする情報技術(IT)やナノテクノロジーなどで世界最先端の技術を誇る。極東、シベリア開発にも日本の資金や技術は不可欠だ。
 最近来日した大統領ブレーンの経済学者ゴントマーヘル氏は「ロシア経済の近代化のために残された時間は少ない」と危機感をあらわにした。クレムリンは日本側の政経分離方針が長続きすることを何より願っているに違いない。