首相手詰まり「2月危機」 東京新聞2011年2月19日朝刊

退陣論拡大

 民主党内で菅直人首相の退陣論が広がり始め、菅政権は「三月危機」を待たずに行き詰まる気配も見せてきた。首相には(1)内閣総辞職(2)衆院解散・総選挙(3)居座り-という三つの選択肢がある。首相は最終的にどんな決断を下すのか。それぞれの利点・難点や、過去の行動パターンから予測した。 (政治部・高山晶一)

◆総辞職 「古い政治」と一蹴

 民主党内で最もささやかれているのは「首相が首を差し出すのと引き換えに、野党に二〇一一年度予算関連法案の成立に協力してもらう」という総辞職シナリオだ。
 菅内閣は終わるが、歳入の44%を確保する特例公債法案など予算関連法案を成立させられ、予算を支障なく執行。民主党としては当面の危機を回避し、政権を維持できる。
 過去にも「ねじれ国会」に苦しんだ安倍晋三元首相や福田康夫元首相、米軍普天間飛行場移設問題で窮地に追い込まれた鳩山由紀夫前首相は身を引くことで、局面の打開を狙ったことがあった。

 しかし、このシナリオ早くもほころびを見せる。民主党の仙谷由人代表代行は十五日、公明党の漆原良夫国対委員長に「退陣すれば(予算関連法案に)賛成してくれるのか」と打診したが、漆原氏は拒否。もはや総辞職だけで野党の協力が得られ、政権運営が安定する保証はない。
 さらに、総辞職すれば「ポスト菅」を決める党代表選が実施される。小沢一郎元代表を支持する勢力が主導権の奪還に動くのは確実。菅首相を支持してきた反小沢系議員と小沢氏支持勢力による激しい党内抗争が展開されることになる。
 当の首相は十八日、総辞職シナリオを「古い政治」と否定した。

◆解散 危険承知で勝負か

 一方、党内では「菅さんは性格的にいって、絶対、衆院解散・総選挙に踏み切る」(中堅)との見方も根強くある。
 首相は十八日、記者団に、解散について「国民にとって何が一番必要かを考えて行動する」と述べた。これまでの「考えていない」から一歩踏み込んだ。党内の退陣論をけん制したものとみられるが、首相の本音ととれなくもない。
 首相は市民運動家から身を起こし、三回の落選や挫折を繰り返しながら約三十年かけて宰相に上りつめた。鳩山、福田、安倍各氏のような世襲議員でなく、たたき上げの政治家。政治理念よりも政策の実現を優先する現実主義者でもある。
 そんな首相が在任一年足らずで権力を手放すのは考えにくい。

退陣するくらいなら衆院を解散して勝負に出たいと考えるのは想像に難くない。衆院選に勝利すれば「直近の民意」という錦の御旗が得られるが、内閣支持率が20%を割る現時点での衆院解散は政権を失うリスクが極めて高く、危険な賭けになる。
 当然、首相が解散に動けば、周辺も懸命に止めるだろうが、「熟議の国会」を呼び掛けてきたのに応じない野党が悪いという首相なりの理屈も。常識的には考えられない解散に打って出る可能性は決して低くない。
 具体的には六月に社会保障・税一体改革や環太平洋連携協定(TPP)で結論を出した後に「伝家の宝刀」を抜くシナリオだが、そこまで首相が政権を維持できるかどうか。

◆居座り 野党の妥協に期待

 民主党の安住淳国対委員長は十八日の記者会見で「総理は退陣も解散もしない」と強調した。
 政府関係者は「首相は『通常国会が終わるまではどんなことがあっても続ける』と言っている」と証言する。“悲願”とする消費税を含む社会保障・税一体改革と、TPP交渉参加に筋道をつけたいのだとみられる。 予算関連法案が成立せず、国民生活に影響が出ても「野党が党利党略で妨害している」と世論にアピールし、我慢くらべの「チキンレース」(官邸筋)に持ち込めば、最終的に野党も折れて協力すると計算しているともいわれる。

 かつて首相は、二〇〇四年に年金未納問題に見舞われた際、党内外の辞任論を拒否し、なかなか党代表を辞めなかった過去もある。
 ただ、強まる退陣論にどこまで踏みとどまれるのか。低迷する内閣支持率や八方ふさがりの国会戦略を考えると、居座りは容易ではない。