総すくみになった「菅降ろし政局」を打開する「次の一手」輿石首相という秘策か、それとも内閣不信任案か

長谷川幸洋「ニュースの深層」
(現代ビジネス 2011年03月04日) http://p.tl/XCBn

 政局が膠着状態に陥ってきた。多くの永田町関係者が「菅直人政権はもたない」とみているにもかかわらず、プレイヤーたちは政局を動かす次の一手に行き詰まっている。その結果、不安定ながらも「恐怖の均衡状態」に達してしまったかのようだ。

 状況を整理しよう。

 民主党は事実上、小沢一郎元代表を支持するグループと反小沢グループに分裂している。会派離脱届を出した16人の衆院議員は衆院本会議での予算案採決に欠席し、菅政権から決別する姿勢を明確にした。その後、松木謙公農林水産政務官の辞任、佐藤夕子衆院議員の離党と続き、政権を揺さぶっている。

 こうした動きは、最終的に「小沢新党」に向かうかもしれない。だが、新党に行き着くかどうかは、この際、たいして重要ではない。すでに小沢グループは執行部とは別の政治行動をしている、という事実のほうが肝心だ。

 小沢グループがどのくらいの勢力なのか判然としないが、ここでは70人前後と仮定する。すると、残りの民主党は240人弱になる。両者は激しく対立しているが「解散・総選挙はしたくない」という一点で本音の利害が一致している。

 選挙になれば、民主党というワッペンをつけているだけで不利になるのは目に見えている。議員は「バッジをつけてなんぼ」の世界である。だれも落選だけはしたくない。

 一方、小沢グループは菅政権を打倒したい。そのうえで、できれば自分たちが政局の主導権を握って権力の座に復帰したいと考えている。他方、仙谷由人代表代行が実権を握る反小沢グループは、場合によっては菅を降ろして首相を交代させてもいいと思っている。ただし、それには「自分たちが次の政権でも主導権を握り続ける」という絶対条件がある。

 つまり、小沢グループと反小沢グループはともに解散反対だが「ポスト菅」をめぐって激しい綱引き=権力闘争になっているというのが現状だ。

では、ポスト菅で両者が一致する、あるいは妥協する可能性はあるか。

 まったくないとも言い切れない。

 たとえば、輿石東参院議員会長ならどうか。これまで参院議員が首相になった例はないが、憲法は「内閣総理大臣は国会議員の中から国会の議決でこれを指名する」と規定している(67条)。参院議員も国会議員であり、輿石が選ばれてはいけない理由はない。

 輿石は一貫して小沢擁護に回ってきたが、いまなお要職にあり、党内で一定の存在感を保っている。仙谷らが妥協するなら、輿石総理が誕生する目もあるのではないか。そうなれば、当面は解散を回避できる可能性が強まる。

 小沢グループは「2009年総選挙の政権公約(マニフェスト)を守れ」という主張を権力闘争の大義に掲げてきた。したがって、仙谷らと妥協に動く場合は当然、この主張をある程度、飲んでもらわないことには話がまとまらない。

 だが乱暴に言ってしまえば、生きるか死ぬかの権力闘争の最中にあって「マニフェストがどうこう」というのは、どうにでもなる話である、とくに民主党では。肝心のマニフェスト自体が少数の責任者によって、ざっくり作られた大味なものだったのだ。合意の文言をちょっといじれば、玉虫色の決着に落としこむのはそう難しくない。

 それより「民主党政権が当面続いて、お互い議員バッジを捨てなくてもすむほうが大事」と両者の利害が一致する可能性は残っている。もっとも、輿石総理でも野党の妥協は得られず、短命に終わる公算が大きいが。

 妥協成立の可能性を頭の片隅に置きながら、もう一つのシナリオ、つまり小沢グループが集団で別行動に走る場合を考えてみよう。

 仮に小沢が70人を集めれば、菅が内閣総辞職に踏み切った場合、大きな勢力になる。残りの民主党が240人弱なら、衆院の首班指名選挙で仙谷たちが推す「ポスト菅候補」にノーを付きつけられるからだ。そうなれば、政界再編である。

 自民党も民主党も過半数を制することができず、小沢グループがキャスティングボートを握る。だが、そこから先が描けない。

 小沢の不人気ぶりを考えると、いま野党が小沢と手を握って政権を作ろうとするのは、あまりにリスクが大きい。

 なにより政策をみても、みんなの党の渡辺喜美がコラムで書いていたように、みんなの党は小沢グループと増税反対で一致できても、一連のバラマキ政策や経済連携協定(TPP)問題で一致できない。自民党は増税反対とバラマキ政策で一致できないのだ。

■反小沢グループも壁にぶつかっている。

 菅を交代させたとしても、次が決まらないのだ。岡田克也幹事長や前原誠司外相らの名が挙がっているが、それでは小沢グループは支持しないだろう。もはや衆院307議席の民主党会派は空洞化してしまった。

 自民党はじめ野党は「解散・総選挙に追い込む」と言ってみても、できることはあまりない。当面は参院で予算関連法案を否決する、あるいは首相問責決議を可決するくらいである。解散するか内閣総辞職をするか、最後の決断は菅の手に委ねられている。

 では、菅はどうするのか。

 いくら自分が不人気だといっても、菅は小沢グループも反小沢グループも「ポスト菅」決める議員数と有力候補に決定力がないのを見越して、居座る腹を固めつつあるようだ。現状が極めて不安定であるのは承知しているが、だからといって、次の「安定均衡点」が見つからない以上、現状がしばらく続くとタカをくくっているのだ。

 こうした「総すくみ状況」がいつまで続くのだろうか。

 締め切り時間はある。予算関連法案が成立しなければ、政府のカネが続かない。財務省は当面、税収のやり繰りや政府短期証券の発行や独立行政法人への補助金凍結、財投債、財投機関債の発行などでしのぐだろうが、いずれ金融市場が悲鳴を上げる。

 一時停止した状況を動かすために、野党が早いうちに衆院で内閣不信任案を提出する手もある。どうせ否決されるのはわかっているが、国民にとっては状況がはっきりするメリットがある。

 小沢グループは菅内閣を支持するのか、それとも袂を分かつのか、態度を決めなくてはならない。菅支持なら支持で、野党はあっさり参院で予算関連法案を否決すればいい。後は菅の決断次第だ。袂を分かつなら、その時点から小沢グループを含めた政界再編が始まる。

 民主党が小沢グループを含めて、一致団結して菅信任で投票すれば「ポスト菅」という選択肢はなくなる。極めてわかりやすい。

 国民にとって一番困るのは、政治家たちがにらみ合ったまま、予算審議も政策論議もさっぱり進まない状況である。なにが真の対立点かもはっきりしないとなると、なおさらだ。いまさら「与野党が妥協して予算案の修正協議をせよ」などとは言わない。それぞれが一歩でも二歩でも、本音で前に進むべきだ。

 時間が止まるのは最悪である。

(と書いてはみたが、以上のような「総すくみ状況」を前提にして、きっとだれかが新たな均衡点を目指して動いているに違いない。それが政治のダイナミズムである)

(文中敬称略)