1986年8月28日にこの世に生まれました。

何をして生きていきたいのか…

という問いに
太鼓!!と素早く答えてた幼少期。

マイケルジャクソンに出会い洋楽音楽への憧れはとても強くなり…

中学、受験の波に疑問を抱き、
海外への留学の道を自然と欲していきました。


念願叶って、留学してからカナダに着くと、初日から葛藤した記憶があります。

言語が話せない私に、カナダ人の友達なんて出来るわけもなく数少ない、数人の日本人と仲良くなりました。
《今でも大切な仲間です》

外国にいると、現地にいる日本人が本当に頼りになってしまいます。
でもこのままじゃダメだ…

わざと日本人のいないコースばかりとって、チンプンカンプンな授業で笑われながらも、友達を作ろうともがきました。
思春期のグループの仲に入るのはたやすいことではなかったです。

勉強が出来ないことよりも、友達を作れないことの方がよっぽどキツかった。

そこで、行くのはやはり音楽室。
1人で放課後ピアノと向き合う時間が多くなっていきました。何度も諦めて帰ろうかとピアノに向かって愚痴をこぼしました。


ガチャ…

そんな時に限って、外部の音楽講師が入って来ます。
泣きながらピアノを弾いていた姿を目撃されてしまいます。

泣いている姿を見られるのがすごく嫌で大きな声で

「Hi!!! How are you?」
と先生に笑顔を見せた事を覚えています。

先生は少し黙った後
「Hi.Good! you? 
anyway can I tell you something?
you have good voice .
so why don't you come my choir?
here is the information,  i'll wait for you」

なるべくわかりやすい単語でゆっくりと話してくれました。

まずクワイヤーって何?

と思ったけど、音楽の先生という事はわかったので、音楽関係の何かだなと思っていました。

もし、ここで友達が見つけられなかったら日本に帰ろう…

ホストマザーのリンダに協力してもらいクワイヤーの初練習に行きました。

一言目は
「…」


そうです。それが私がカナダにいるキッカケとなったjazz choirでした。

今まで聞いたことのない音楽と旋律とリズム。

先生はニコニコしながら
「Hello! welcome to my chior」
そして私をみんなに紹介してくれました。

とはいえ、みんなの反応はやはり同じ。
かなり完成されたクワイヤーチームだったので、クスクス笑う声が聞こえます。

そして、その日先生は課題で、ご挨拶で一人づつ好きなフレーズを歌ってみるという課題を与えました。

今思うとスキャットや素晴らしい名曲の一節、みんなそれぞれ個性があって素晴らしかった。

RockをJAZZで歌ったり、jazzを自分なりに解釈し歌ったり。

でもそんな事を考えてる余裕もなく、私の番。
みんながシーンとなります。

もぅどうにでもなれ!と思って出てきた曲が
「花」でした。

《泣きなさい、笑いなさい、いつの日かいつの日か花を咲かそうよ》

結果はもちろん悲惨。
緊張で音はとれないし、リズムだってままならない。

あれ以来、大好きだったこの曲は人前で披露する事はなくなりました。

大きなトラウマを抱えた私に、先生はある一つの提案をします。

みんなの練習が始まる1時間前、毎朝6時半に必ず先生とピッチコントロールの練習と発生の練習をする。
というものでした。

毎朝4年間ほぼ欠かすことなく、先生は私を家まで迎えに来ては練習に付き合ってくれていました。

気がつくと、友達を作る事よりもこの朝の時間が私にとっての、カナダで生きる意味になっていました。

夢中でjazzの曲を聴き、とにかく何でも歌いました。

特別仲のいい子も出来ないまま1年経過…
そんな時、やはり事件は起きるのです。

同じクワイヤーの子と授業が重なります。

ジョサレンというクラスで1番背の高い女の子でした。
ちなみに、私はクラスで1番背の低い子でした。

男の子が私の事をからかい始めて、私は何も言わず黙っていると、
その行動を見てたジョサレンが男の子に向かってグーでパンチ!

「Leave her alone!」

ジョサレンはとっても物静かで温厚な性格だったため、周りの人も、もちろん私も呆気にとられてしまいました。


その後、大きな問題にならなかったものの私は彼女のパンチが、自分に飛んで来たかのように思いました。

私の中で爆発した瞬間。
私はジョサレンを捕まえて、

少しだけ話せるようになった英語で必死で話しかけました。

「さっきは、ありがとう!
まだ英語はうまく喋れないけど、私はあなたともっと話がしたい!」

その一言から私と彼女の交換条件関係が始まります。

ジョサレンは私の宿題をやる。
私はジョサレンに日本語を教えるというものでした。

彼女と仲良くなれたのは、私の人生の中で革命的でした。
ジョサレンはジャナという双子の妹もいます。
ジャナは明るくてみんなの人気者でした。
そして、ジャナもjazzクワイヤーの素晴らしい歌い手です。

3人で遊ぶようになってからの、私の英語力は今までの1年間何だったんだ!と思うくらいのスピードでした。

そこから、私は嘘のように沢山の友達に囲まれ、カナダ流の遊びを知りました。

もちろんイタズラもたくさんしました。

クマに追いかけられたことも、アザラシに殺されそうになった事も。

初めてカナダの友達を家に連れて行った時、ホストファミリーのリンダとトムは泣いて喜んでくれました。

とってもいい友達よayuko! good job!!!

あっと言う間の1年間でした。

クワイヤーにも慣れて、歌もとても楽しく歌っていました。
私の所属していたクワイヤーは本当に技術的にもレベルが高く。州でも有名でした。

特にこのクワイヤーには、素晴らしい歌い手に恵まれ、その中でもスティーブン男性ボーカル、とティナ女性ボーカルは群を抜いていました。


みんなソロを勝ち取るために切磋琢磨しているそんな場所でした。

しかし、私にとったら、ただみんなと声が出せる喜び、新しい曲をこなせていける喜びでそれだけで十分でした。

そんなある日、先生は私を呼びます。

「あゆこ、僕は今一つの提案をしようと思う。
君はきっと怒るだろう。でも、僕は君にあえてこの提案をしてみる…I remember cliffordのソリストをやってみないか」

なぜ先生は私が怒ると予想したかというと…

この曲は先生のアレンジ楽曲の中でも傑作と言われ、難曲そして花形の楽曲。

何よりもティナ《花形の女性ボーカル》かジャナ《ジョサレンの双子の妹》のどちらかに決められていた曲でした。

私の答えはもちろん
「NO!」でした。

それは単純な答えでした。
「I don't wanna lose my friends and I don't have enoght talent for it」
「私は友達を失いたくない、そしてそれに見合ったタレント性がないです」

先生は「OK…君の言っている事は理解している、そして納得も出来る。
しかし、君の中にあるまだ見えない可能性に目つぶることは出来ないし、僕も純粋に君のアイ リメンバー クリフォードが聞いてみたい。
ソリストはもぅ決まっているが、もしもの時のために練習しておいてくれ」

私は…もしもの時なんてないって確信があったし、考えたくもなかったから軽く…

「OK…I will try」と答えます。

その次の日から朝練習は毎日、アイ リメンバークリフォード…

英語発音の練習から苦手な音取り、そしてハーモニーの練習、そして楽曲の歴史。
全てがクリフォードにまつわるものでした。

私の違和感はだんだん不安へと変わっていきました。

まずは数週間後ティナから
「先生との朝練は楽しい?クリフォードやってるんだって?なぜ?」

と聞かれます。
「I don't know」と答えるしかなかった。

次にジャナや他のクワイヤーメンバーから
「朝練でクリフォードやってるの?なぜ?」
と聞かれます。

ここでも「I don't know」
みんなの顔がだんだん曇っているのが手に取るようにわかりました。

「あの子は朝練で先生とクリフォード練習してる」
私はヘタクソだったから、かろうじてみんなは先生とのマンツーマン練習に口を出さなかったし、クワイヤーのためならしょうがない…みたいな所があって。先生の朝練に目をつぶっていた所があった事を理解してました。

それが、クリフォードを歌っている…

それはみんなの嫉妬を一気に集めるのに十分過ぎるくらいの理由でした。

そんな中、仲良しになったジャナとティナが私に言います。

まずはジャナ
「先生はあなたにもチャンスを与えてる。
あなたは本当に頑張ってる。私はあなたのクリフォードを正直に言うと聞いてみたい。でも負けたくないのも本当。でもチャンスがあるなら一緒に頑張りましょう」

ティナ
「あなたに負ける気がしない。でもステージはいつも1人だけよ。そこにあなたが入るというなら私はあなたよりももっと練習して勝ち取るわ」


今でもこの2人の言葉は私の宝物です。
そしてこの先も私はこういう気持ちで出来ない楽曲に挑戦していくと思います。



友達を失うことにビクビクしていた私の小ささ。
歌への本当の意味での情熱、より良いモノを作る上で必要なのは嫉妬ではなく、練習。
練習だけは、裏切らない…という自信。
彼女たちが何故、ステージ上で輝いているのか、このクワイヤーで私は学びました。

頭ではわかっていても、なかなか口に出せないし、行動でも示せない。
今でも私は周りが羨ましくなるし、もっと早く上手く歌えたら…ともがきます。

でも、そんな時この2人の言葉をそっと自分に言い聞かせます。

その後、色んなドラマが生まれました。そして私はカナダで初めて賞をいただく事になります。

その時の楽曲が I remember cliffordです。

私が初めて歌い手として拍手いただけた曲です。

今回の一番最後に収録しています。

浅川さんとの会話から入っており、
「Can we do it?」のタイトルの理由もそこでご理解頂けると思います。

今回のアルバムはもちろん私のワガママが沢山入っていますが、私の最大のワガママはみんなの思いやアイデアを入れる事。
本当に一人一人の思いで作られている、そんなアルバムです。

この夢のような話を実現して頂いた、三上さん、惣野さん、古屋さん。
ディレクションそしてアレンジ、ピアノと戦い抜いてくださった浅川さん。
そして想像を越えた音を創り上げてくれた、工藤さん、古木さん、加納さん、岡部さん、大儀見さん。
ナチュラルで、嘘のないサウンドを録って頂いた吉野さん。
静かに見守りピリットした雰囲気を和らげてくださったコーディネーターの松尾さん。
ジャケット絵を泣きながら描いてくれたリナ。

今回の無理難題なジャケ写を何度も諦めることなく写してくださったSAKYOさん。

コンプレックスだらけな私にたくさんのアイデアと技術で魔法にかけてくれたメイク&ヘアー、釣り谷ゆうきさん。


この場を借りてお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

泣いても笑っても一生に一度のFirstアルバム。
けれども、私の頭の中にはにはまだまだ音楽でやっていきたい事があります。

そんな中、いよいよ最初の一歩を踏み出します。

8月28日、この世に生まれた私は28歳にしてまた生まれます。笑

期待とドキドキで胸がいっぱいです。


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8月28日(金)⭐️⭐️⭐️
中目黒楽屋
《Can we Do it?リリースLIVE!》
浅川太平(Pf)
古木佳祐(B)
加納樹麻(Dr)
あゆこ(vo)
open 18:00 / start 19:40
charge 
当日¥3000(+オーダー)
予約¥2500(+オーダー)


⭐️今日の一言⭐️
ブログが長い!笑

あ!そだ!
CDの注文はホームページから出来ます⭐️

ayukoホームページ