お久しぶりです。
カズキロックです。
3日前 Battle Of The Year 2019 World Finalに出場しにフランスはモンペリエへ行ってきました。
結果から言うとショーケース2位通過のバトルTOP4で敗退でした。
今年7月に日本で行われたBOTY日本予選の準備から数えると、5月から用意をはじめだしたので約半年間の戦いになりました。正直、終わって、ホっとしている気持ちの方が大きいです。
僕がこのCREWに2009年に入ってから、この10年間で計8回目の出場になりました。今、思えば、このイベントに自分自身、CREW共に成長させてもらったなと、感慨深くなります。(CREW自体は2006年から出場)
ちょっと過去を振り返ると。。
2009年に広島の片田舎でブレイキンに明け暮れる日々を送っていた僕をなるさん、あーちゃんがフックアップしてきたことから僕のBOTYへの道のりが始まりました。
当時、広島のバトルに、なるさん、しーちゃんさんが乗り込んできて、バトルをしたことから、面識を持ち、
ボディカーニバルでBOTYに出場しないか?と言うお誘いの電話をいただきました。
当時の僕は若かったのもあるし、BOTYは自分がダンスを始めた時からVHSで繰り返し見てきたイベントだったので、出場してみたいという気持ちもかなり強く、二つ返事でOKをだし、京都に引っ越す決意を固め、即行動に移しました。
今、考えると、なるさんとはバトルで当たっただけで、仲良くも無く、面識もありませんでしたし、当時のメンバー達とも、交流などは一切ありませんでした。(良く行ったなw)
お互いに、BBOY同士ということで、不信感とかは無く、謎のシンパシーだけを頼りに、ボディカへ突っ込んで行った感じです。
そこから、本格的なショーケース作りやルーティンを初めて経験しました。
メンバー同士の衝突を初めて経験したのもこのチーム。
それぐらい、このチームとこのイベントには、本気が詰まってるんだな〜と今になって思います。
そこから2010年、2011年、2012年、2013年と毎年日本予選にチャレンジしては負けを繰り返し、時間が経つに連れてメンバーも抜けたり、入ったりを繰り返し、ついに念願叶って2014年に日本予選初優勝。
諦めなければ、勝てるんだと、自分の人生で初めて強烈な経験として心に刻み込まれた優勝でした。
そこから世界大会に行ったものの、世界とのレベル差は圧倒的でショーケースは4位通過、バトルにも負けてしまいました。
そして、この年、個人的に精神面から支えてくれていたメンバーがこの時、チームから現役を退き、BOTYに対しての気持ちは薄れていきました。
が、そこからも活動は続き、新メンバーも入り、満を持して2016年に再挑戦。
気づけばボディカも日本の強豪CREWに数えられるほど強くなり、あっけなく日本予選を優勝。
世界大会に向けて準備も滞りなく、クルーとして肉体面、精神面共に最強の状態でチャレンジしたFINALでしたが、同じ日本人CREWに負けて終了。
個人的にはそのバトル時に負った大怪我と共に、精神的にかなり不安定になりました。
そこから自分と自分のダンスと自分にとってのクルーのあり方を考える時間を過ごし、今に至ります。
今回のBOTYを最後に僕はCREWバトルから引退しようと思います。
冷静に考えたときに、自分の意識や姿勢や身体能力がボディカの理念に合わなくなってきているからです。
でも最後の最後に、集団の意識が一つになるところを見さしてもらいました。
これこそが人生の糧になるんだなと、心から思います。
この10年間で本当にプレイヤーとしていい経験をさせてもらいました。
感謝が止まりません。
これからはボディカの裏方として、必ず世界一のクルーにします。
絶対に諦めないのは変わりませんので。
ボディカを今後ともよろしくお願い致します。