長いタイトルですね
アニマルコミュニケーションのセッションでどうぶつさん達がよろこぶポイントがあります。
どこがポイントなのかといいますと(タイトルに書いてありますね)
前にも『どうぶつさんの気持ちを「知ること」といっしょに「感じること」そうなんだとそうなんだね』 の記事で書いたのですが、
どうぶつさん達のその想いに飼い主さまからの「共感」があったときです。
これがあるから、どうぶつさん達は飼い主さまを信頼し安心できてるのだと思います。
「共感」は、ことばで「そうなんだね」「そうだったんだね」と言えばよいのかといえばそうではありません。
「共感」。。。字のごとく、共に感じる。
辞書によりますと
『ほかの人の(どうぶつの)気持ちをわかちあう』
だそうです、ふむふむ。
飼い主さまに共感してもらえてるのか、わかってもらえてるのか、
わかろうとしてくれているのか、どうぶつさん達は敏感に感じとっています。
セッションではわたしが彼らからそれを感じとります。
共感してもらえたときは、よかったねって思います。
飼い主さまが共感してくれること、わかろうとしてくれてることがどれだけ彼らに安心を与えるのでしょう?
まだわたしたちが、ことばで気持ちを伝えることが難しかった子どものとき
一生懸命にお母さんに伝えたことを
「そうだったんだね、気づかなくてごめんね」と一緒に悲しんでもらえたとき
「そうだったんだね、そんなに嬉しかったんだね」と一緒によろこんでもらえたとき
逆に「あっそ」とか(無関心)
「そんなこと言ったってこっちだって忙しいんだから」とか(シャットアウトされてしまう上にお母さんの大変さを押し付けられる)
「それはこうしたらいいんだ」とアドバイスされてしまったりとか(気持ちを聴いてもらいたかっただけだったのにな)
軽く笑われてしまったとき(大切にしてもらえない)。
小さいわたしはどう感じてたかなぁ。
そんなことを想像したりするのも共感によって、またはされないことによって、与えられるものがどういうことなのかわかるのではないかな、と思います。
それと飼い主さまが「その子になる」ことも彼らに共感できることの役にたつと思います。
その子は、人間ではなくどうぶつです。
その子は、ことばでコミュニケーションをしません。
その子は、五感、六感がめっちゃくちゃ冴えてます。
その子は、わたしたちよりも小さく身体のしくみもまったく違います。
その子は、とてもやさしくピュアです。
その子は、誰よりも飼い主さまが大好きです。
その子は、飼い主さまがいないと生きていけません。
その子は、自分たちの境界線をはっきりと持っています。(野生の動物は境界線が生死に関わることだからです)
わたしたちには、素晴らしい想像力があります。
それをふるに使って「その子になる」のはいかがでしょう。
そうかぁ、だからあのとき、あんなことをするんだね。
そうか、そうか、だからなのかぁ。
なんてことを飼い主さまがわかってくれたうえで
または全部でなくてもわかりたいという気持ちがあって
こちらの気持ちやこうしてくれると助かるよということを彼らに伝えるのと
それがなく、こうして、ああしてとこちらの要求を伝えるのではまったく違うのです。
これもその子になり想像していただくとなんとなくわかると思います。
そして、その子になること、想像すること に欠かせないものがあります。
わたしたちが、わたしたちの気持ちや感じていること、を自分で「感じる」力です。
じぶんにもやさしく共感してあげるのです。
意外にも感じているはずなのに、感じていないようにしています。
わたしたちは、大人になるにしたがって、感情の振り幅を小さく見積もります。
感じていることよりも、こうするべきなどを優先にします。
その結果、何をどのくらい感じているのかわからなくなってしまったり、麻痺させてしまったり。
自分の感じてることをないことにしてしまったり
また大きく感じていることを小さく感じているようにしてしまってます。
それをしていると
どうぶつ達(人間さんのこどももしかり)の感じてることを
どのくらい怖いのか、どのくらい悲しいのか、どのくらい怒っているのか、
どのくらい楽しいのか、どのくらい嬉しいのか
をたいしたことではないと思ってしまったり、わからなかったり。
じぶんにしているように感情、気持ちよりも、こうするべきこうであるべきを
彼らにも求めてしまう気がします。(わたしも経験者)
自分の気持ち、感情をそのままに感じてあげることは、
そのまま自分以外の他者の気持ちを共に感じる、わかちあうにつながると思うのです。
なにより飼い主さまが楽になる道しるべになる。
飼い主さまが楽になりこころがおだやかであることは、
その空間が彼らのいる空間になります。
アニマルコミュニケーションは「ことば」で飼い主さまに伝えるのですが
すごく楽しんでます、の「すごく」の度合いがどうぶつさん達が10だとします。
飼い主さまが飼い主さまご自身の楽しみを10感じているのに
3くらいに押さえて楽しんでたりするとどうぶつさんの10は伝わりにくかったり
10楽しんでいるその感覚がわからんかったりします。
飼い主さまがすごく(10)楽しむ感じを感じてないと彼らの楽しい!も
3くらいにしか感じられないのではないかな、と思うのです。
悲しむことも10悲しいことを3くらいに押さえて感じていたりすると
彼らの10の悲しみも3くらいしかわからなかったり。
ちょっと意味不明かなぁ。。。。
10でも3でもいいのかもしれないし、わかろうとする気持ちがあればよいとは思うのですが
この7の差大きいと感じるのです。
、、、、みたいなことが、どうぶつさん達(うちの子も含め)から伝わってくるのです。
どうぶつさん達をリスペクトしすぎてるあまり
自分を含めて人間さんたちがやさしい世界、楽な世界につながることを切に願い
その世界で彼らとともにいられたらなぁと思い
こんなことつらつらと書いてみました。
まる。
ことばで書くとむずかしくなってしまいますね、むずかしく考えないのが一番ですね。
な、長かったです、失礼しました
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