寝汗の弊害 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

修士論文の構想を練る
という言い訳を自らに行った後に結局床で昼寝してしまって、起きたら扇風機のタイマーが切れていておそろしく寝汗をかいていた。散らべていたルーズリーフは悉くしけていた。
全身引くほどうっとおしく汗臭く、おまけにへんな体勢で寝ていたから寝る前よりいっそ体が重い。ぐずぐずになって今にも消える曖昧な影の向こうから何か持って還ったような気配が確かにあって、私はぼんやりと意識の向こう側に逃げようとする夢の残骸をまさぐった。
「お前ぜってえゆるさないからな!」
図工の時間だったのだ。小学5年生の時のことだった。
我々は粘土でペン入立てを作っていた。色だの形だのまったく自由で、好きなように作ってもよかった。12月だったからついでに出来上がったものは、それぞれ好きな人に渡してもいいと先生からお達しが下されていた。
私は彼のことが好きだった。
だからって言えるはずもなかった。
まして自分の作った不細工なものをわざわざ渡そうなんて意図も無かった。
でも彼が、もともと器用で絵でも細工でも上手だった彼が、彼が好きだったそのこにあげるために工夫して作っているのは、なんだか酷くいやだった。
彼は皆が粘土をただ捏ねて星だのうんこだの好き勝手くっつけていたのとは違って、ただ時間を掛けていた。
時間を掛けて粘土がまったく滑らかになるまで丁寧に捏ねなおして、それを素っ気無い円筒にまとめたら、何度も絵の具を塗り重ねて、呆れるほど塗り重ねて、ただ青いだけのペン立てを作り上げていた。
目も覚めるような青だった。
それだけで私は、彼が好きだった彼女が、青が好きだったことを
彼がちゃんと知っていることを知った。彼らはしっかりとそういう関係だった。
だから、おそろしく愚かなことだったけど、私は彼がその渾身の一品を易々と彼女にプレゼントするのが、アホみたいだけど堪らなかった。
だから、なんにも知らなかった何人かのクラスメイトと一緒になって彼をからかった。からかっているうちに勢い過ぎて、つい彼のペン立てを落として割ってしまった。
夜を粉砕したような破片がタイルの床に散らばった。
ワーン
と、泣き声みたいな音がしたように、なんでだか記憶している。
「お前ぜってえゆるさないからな!」
彼の容赦ない怒りは私一人に向けられた。私はぼけていく夢の水底から、どうしようもないこの台詞だけ針に引っ掛けて取り戻した。
ああ、なんて体がだるい。
「はいはい、勉強怠けた私が悪いんですよ。」
論文に真摯に取り組まないから、こういう夢も見るんだよな。
古傷の破れかかったのを、そういうわけにして私は閉じた。