小説「人形になったふり」M.PP8 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

妙なホラー映画がヒットしていた。
どう妙なのか。ヒットしているにも関わらず妙なのは何故か。
映画館に足を運んだ人達は、皆言いようの無い後味の悪さを感じてそこを後にする。いやな後味をむりやりお土産に持たされるみたいに。
後味の悪さ、えぐみ。えぐみをむりやり飲まされたみたいなのだ、と批評家は言う。
“不気味に体力を削られたような気持ちになるのだ”。と。
「なんとも言いようが無い。」
という意味の感想がウェブサイトに溢れたお陰で、興味本位で映画館に行く人が増えた。その結果、なんともいえない厭な思いを抱えて自分の部屋に帰っていく人も当然増加したのだった。
なんともいえない、厭な気持ち。
どうしてこんなにも厭な気分になるのか。
そもそもこれはホラー映画と言っていいのか。怪作だこれは、否単につまらないだけだ。しかし映画館に見に行く人は依然増え続けた。
今期の興行収入上位にまで食い込んできた。そして湿った週刊誌でずっと背中を殴られているような不快感、どうしてそんな不快感がするのか分からないまましばらく気が塞いで治らない人が増えていったのだった。
この映画はモンスターだと誰かが言い出した。
呪いがかかっているのだと言われだした。
いや、単に音響とか色彩の加減で体調が悪くなる人が出てくる確率が高い構成なのだから、上映自体を取りやめにするべきだ
そんな意見も現われた。しかし儲かっている映画なんだから配給社としては期間打ち切りというわけには行かない。それどころか妙な口コミが広まるために、上映期間はむしろ延長されようとしていた。
彼女はその映画を直接見たわけではないのだけど、ウェブサイトに「ネタばれ」「見た感想」がいくらでもアップされているので、あらすじは頭に入っている。
出だしからおわりまでずっとメルヘンを貫いた作品構成だ。アニメ映画で、CGによって背景その他を描いているにも関わらず独特の無機質な感じが前面になくて、
リアルというより「親しみやすい」という言葉が当てはまる映像なのだそうだ。
森の奥の朽ちかけたお城に、お姫様が一人で住んでいる。白い肌にバラ色の頬、夢見るまなこ。まぎれもないお姫様。
底知れず深い森の中なので、もうそこにお城があること忘れ去られている。
しかしお姫様は依然としてそのお城で暮らしている。
世話をしてくれる者とて無い侘び住まいだから、晩餐の円卓に並ぶ椅子の一つひとつに名前をつけて、親しく呼びかけて、お姫様は暮らしの寂しさを紛らわせていた。
家具調度に友情を見出そうとするほかに、お姫様はある方法で孤独な自分を支えようとする。
それはいつか自分の前にも王子さまがやってきて、御伽噺の定石のごとく自分とこのお城でずと暮らしてくれるんだろうと。そういう夢を描きながら一人森の奥で暮らしている。
まったくホラー映画でない筋書きが展開していく。そして案の定クライマックスに願っても無い美貌の青年が顕れて、二人は結ばれてめでたしめでたし、と、
観客がまったく付いていけないままに物語は美しく閉じていく。
しかしベッドの帳が下ろされた直後、
先ほどの美青年が驚きの変貌を遂げて画面に登場するのだ。
変転。
ここで観客の目と耳は一気に緊張に引き戻される。
いきなり画質が変っているのだ。
それまでお姫様と青年は、表情豊かな愛くるしい目に、磨いた白磁みたいなつるりとした手足を動かして、人生の孤独と幸福を表現していたのに。
再び現われた青年は、服や顔立ちが同じなのでさっきの青年と同じキャラだと分かるものの、
肌質も髪の描き方も目の表情も、
いきなり雑になっている。肉感が普通になっている。
いきなり人間臭くなっているのだ。タバコの煙の浸みこんだ、あんな臭さ。表情まで忌々しく、敵の葬式に招かれて恥をかかされた若い武将みたいなのだ。
青年は痛ましい溝を眉間に刻みながら森を抜け、森を抜けたところに彼の仲間たちが同じく固い表情に不安なたいまつを捧げて臭い汗をかきながら待っている。
「ご苦労だったな。」
と仲間の一人が言うのだ。
「まったくいやな役目だったよ。」
と青年は応えた。
「今年の持ち回りだと思って、こらえてくれや。」
と別の仲間が慰めた。青年は疲れたよ、とそれに応えて、
「人形のふりをするってのは、なんて厭な気分になるものだろうね。」
そして彼らは森を去っていく。
つまり、
その森の中には、
呪いを掛けられて自分を不幸なお姫様だと思いこんだ人形がかくかく言いながら動き回って寂しくもたのしく暮らしているのだが、そんなものが街の近くにあるのは気分が悪いから、時折彼らのうち一人が魔法で人形に姿を変えて問題の人形の
相手をしに行くのだった。
どうにも不可解な筋書きで、どうにも納得できない、いやな後味のする映画だ。
という内容だと、彼女はウェブページの書き込みで知った。
そして自分は絶対に映画館にはいかないだろうなと思う。
でも人形のふりをするという筋書きに嫌悪感を顕にする観客が多いというのは、わかるなあと彼女は思った。
あくまで、
分かりそうだな
というだけの理解であり、本当の意味はさっぱり分からない。
人形になるのの何がそんなに厭なのか、彼女にはさっぱり分からない。