小説「夜の牢獄」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

早朝に目を覚ますと、
何の夢を見ていたかも定かではないのに必ずあの人の夢を見ていた感触が残るから嫌だ。

私は台所に出ていって冷蔵庫の冷たい水にレモンを絞って飲んだ。すっぱいだけの薄っぺらい水を飲んだ。余計喉が乾くのだった。

我が家は不眠体質である。メラトニンの分泌が浅いのだ。
と、言って証明されている訳じゃない。脳を開いて伝達物質の容量を確認することなんて出来ない。
でも現実に血が繋がっている人はみんな不眠だ。父とか姉とか祖父とか。
母とかばあさんは他人だから夜よく寝られていいなと思う。私達は寝られない。だから必定として酒に走る。

私は一体何年あの人との過去に拘泥していなくてはならないのだろうかと考える。

実際に夢を視たかも定かではない。でもしわしわになった夜の向うからあの人の気配が強烈に薫ってくる。

たった数ヶ月付き合っただけなのに。
もう何年も会っていないのに。何故こんなに夢を視るのか。いや、夢を視たかどうかも分からないのにどうしてこんなに拘っているのか。

夜の闇は壁の様だ、何処までも分厚く推して開く事が出来ない。
私は堅く降りた夜のこちら側にいて、あの人の残り香がレモンの味に溶けていくのをそれでももどかしく感じている。