誰もが認める台湾創作歌謡の代表曲。年頃の少女が恋愛に憧れる気持ちを臨場感たっぷりに、かつユーモラスに描いた傑作で、その親しみやすい歌詞とメロディは、半世紀以上たった今も全ての台湾人の心を捉えて離しません。



望春風 bang chhun hong (1933年) 

李臨秋 詞 鄧雨賢 曲 (台湾語)


一、

tok ia bo-phoaN siu teng e chheng-hong tui bin chhoe

獨夜 無伴 守燈下    清風 對面 吹

chap-chhit poeh hoe be chhut-ke tng-tioh siau-lian-ke

十七、八歳   未出家    當著 少年家

ko-jian phiau-ti bin-bah peh siaN-ka lang chu-te 

果然 標緻  面肉 白  誰家人 子弟

siuN-beh mng i kiaN phaiN-se sim-lai toaN pi-pe

想要 問伊 驚歹勢   心内 弾 琵琶


ひとりぼっちの夜 灯りの下に佇めば

 清らかな風が 頬を撫でて行く

 年頃を迎えた私は 素敵な男性を見かけたの

 ハンサムで色白の彼 どちらの家の方でしょう

 声をかけてみたいけれど ドキドキしてちょっと怖い

 高鳴る胸は まるで琵琶の音色のよう


二、

siu-beh long-kun choe ang-sai i-ai chai sim-lai

想要 郎君 做翁婿   意愛在心内

tan-thai ho-si ku lai chhai chheng-chhun hoa tong-khai

等待 何時 君來採   青春花 當開

thiaN-kiN goa-bin u lang lai khui mng ka khoaN-mai

聴見外面 有人來  開門 該 看覓

geh-niu chhio gun gong toa tai ho' hong phian m chai

月娘 笑 阮 愚 大呆   被風 騙 不知


彼と結ばれたいと願う気持ちはそっと胸に秘めるだけ

 あなたはいつ摘みに来てくれるのでしょう

 今まさに美しい花を咲かせているこの私を

 おもてに誰か来たみたい きっとあの人よ

 扉を開けてみるけれど おかしいわ 誰もいない

 風のいたずらとも気付かない お馬鹿さんねと

 お月様が笑ってる

 

 日本統治下の1930年代、台湾でも女性の地位はまだかなり低く、女性は男性の付属品という見方が強かった時代。女性が恋愛の欲求をそのまま口にするようなことは許されるはずもなく、もしそうでもすれば、軽はずみでまともでない女性と見られてしまうのでした。


 古典小説に大変詳しい李臨秋は、『西廂記』の中の一節、「隔牆花影動、疑是玉人來」(壁越しの花影が揺れ動いただけで、あの素敵なお方が来たのでは?)と思い込んでしまうような主人公の、期待に胸膨らむ心情からヒントを得て、女性も堂々と自分の気持ちをおもてに表すことができるようにと、女性の心の内を表した詞を書こうと考えたのです。まるで少女漫画のひとコマに出てきそうな、ときめき感あふれる『望春風』は、きっと当時の多くの女性に共感を呼んだことでしょう。

また、この詞が当時若干23歳の青年によって書かれたことを思うとその才能には驚かされます。戦前に作られた詞のほとんどは、字数がそろった伝統的な定型詩で、それぞれの文末は韻を踏んでいるのが特徴です。ちなみにこの詞は、李の地元台北を流れる淡水河畔を散策している時に作られたそうで、彼はこの歌の日本語のタイトルを『乙女の思春』としています。

一方、作曲者の鄧雨賢は客家人で、"東洋のフォスター"と呼ばれるほど多くの人々に愛される作品を残した逸材で、日本に留学した経験もありますが、それゆえに戦時中は、日本政府によって時局歌の創作を余儀なくされたりということもありました。


 最近では、一青窈さんがこの歌を自身のアルバムの中で歌っているので、もしかしたらそれでご存知の方もいるかもしれません。台湾では、結婚式で歌われたり、合唱曲などとしても大変親しまれていているのですが、意外に日本人が耳にする機会はないのではと残念に思います。

私がこの歌に出会ったのも、日本ではなく台湾ででした。当時住んでいたアパートの大家さん(音楽好きでいつも演歌調の曲をピアノで弾いてた)になにか台湾の歌を教えて欲しいとお願いしたとき最初に教えてもらった歌でした。歌詞の内容を教えてもらうと、”なんて生き生きした素敵な歌詞なんだろう!”と感動したのを今でも鮮明に覚えています。その時はそれがいつ頃、どのような時代に作られたものなのかなど気にもしなかったのですが、今こうして台湾の古い歌について調べてみると、一つの歌から台湾について実にいろいろなことが見えてくるものだと思いました。

あとは、台湾の航空会社エバー航空の機内でもよくこの曲が流れていて、音楽プログラムには古い台湾歌謡の特集も組まれていたり、エバーグループは長栄交響楽団という楽団も持っていて、このような台湾の古い歌を積極的に演奏し、台湾本土の文化の継承に力を注いでいます。