扶氏医戒之略 chirurgo mizutani

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身近で関心は高いのに複雑・難解と思われがちな日本の医療、ここでは、医療制度・外科的治療などを含め、わかりやすく解説するブログです。

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DNAは一列に並んでいるものが2本ありますが、個別に見るとATGCの4つの文字のうちの3つで一つの単語を形成しています。それは3つの文字の並び方によって、つくるべきアミノ酸を決めているということを意味しています。DNAが3つの文字でなにかの意味を持っていることは、かなり前から仮説としていわれていました。ところがなかなか証明に至らず、長い間、遺伝子暗号の解読競走が行われていました。1950年代のことで、この解読競争は主に、日本とアメリカ、それにイギリスの3つのグループがしのぎを削っていました。
当時の遺伝子暗号の解読は、「タバコモザイクウィル・スミス」を使って行うやり方が王道とされていました。タバコなどの葉にモザイク状の斑点ができるタバコモザイク病の原因になるウィル・スミスです。タバコモザイクはRNAによって情報伝達を行うRNAウイルスですが、構造が単純でひも状のRNAが比較的短い上に、ウイルスを構成しているアミノ酸の種類がすでにわかっていました。そこでウイルスを構成しているアミノ酸とRNAを対比させて遺伝子の暗号を解読する試みがなされたのです。つまり同じ文章がギリシア文字と古代エジプト語で書かれていた「ロゼッタ・ストーン」によって古代エジプト語のヒエログリフの解読が進んだのと同じ方法です。
しかしこの試みは、なかなかうまくいきませんでした。あとになってわかったことですが、DNA言語はアミノ酸を構成している単語をただ羅列しているような単純なものではなかったからです。合成すべきアミノ酸を示している単語の間には、どのような条件のときにタンパク質の合成を始めるといった指示を示す単語であれば、それを止めると単語もあり、今日にいたるまで解明されていない意味不明な単語もあります。要するにDNAやRNAにある遺伝情報とウイルスを構成しているアミノ酸の関係は、ロゼッタ・ストーンのようにきれいな対をなくしているものではないので、2つの比較から遺伝暗号を解読する作業は困難を極めたわけです。
ところが1960年代に入ると状況が大きく変わり、遺伝子暗号の解読が一気には進みました。きっかけをつくったのは、アメリカの若き研究者、マーシャル・ニーレンバーグでした。彼は61年の夏のある日、師事していた教授が学会に出席している間に、従来の発想とは異なる温めていたアイデアを試みました。それが見事に成功し、これがきっかけになって他の研究者が次々と同じ方法を試みたことで、そこからなんとわずか1年程度の間に遺伝子暗号がすべて解読されたのです。
ニーレンバーグが行った試みというのは、大腸菌を使って試験管の中でアミノ酸を合成する方法の応用でした。当時、大腸菌が人工的なアミノ酸をつくる畑として利用できることはわかっていました。彼はこの方法を利用して遺伝子暗号の解読ができないかと考えたのです。ただしこの畑には大腸菌由来の天然のメッセンジャーRNAなどが含まれています。そこでまずこれらはすべて壊し、影響が一切排除された環境を整えました。そしてそこにDNAが3つの文字で一つの単語を構成するという仮説に基づいて「U・U・U」が鎖状に結合したものを加えました。つまりメッセンジャーRNAの役割を果たすものを人工的につくって、それに加えて反応させてみたのです。
結果は劇的で、試験管の中では「フェニルアラニン」というアミノ酸のポリマー(重合体)が見事につくられました。これは「U・U・U」というDNA言語における単語が、フェニアラニンというアミノ酸づくりを規定するものであることを意味していました。これと同様の方法でDNAを構成するATGCを3つ組み合わせたものを丹念に調べていけば、どのような反応が起こったかを見ることで各単語の役割がわかります。ニーレンバーグの実験の成功は、このように遺伝子暗号の解読の有力な方法論を提示することにもなったのです。
この結果は、ニーレンバーグ本人からすぐに学会に出席している出席中だった教授に伝えられました。教授は驚き、この実験内容と結果を学会に参加していた多くの学者たちにすぐに伝えました。その直後、学会が行われていた会場から研究者が一斉に姿を消したという有名なエピソードが残っています。激しい競争を行っていたとはいえ、当時は情報をひた隠しにしたりすることはなく、比較的オープンにするような雰囲気がありました。愛弟子の世紀の大発見を教授がすぐに他の学者たちに教えたのもそのためです。そして遺伝子暗号の解読は学者たちの積年の夢だっただけに、新たな試みの成功を伝え聞いたほうはじっとしてはいられず、誰もがすくに研究室に戻って同様の実験を試みたくなったのでしょう。
その後、同様の方法でATGCの3つの組み合わせによってどのような反応が起こるかがためされ、遺伝子暗号はすべて解読されることになります。長年の謎は一人の若手研究者の実験をきっかけに一気に明らかにされたのです。きっかけをつくったニーレンバーグは功績が認められて、1968年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
ここに示している表は、3文字の組み合わせで構成されているDNAの単語の一覧表です。3文字を使った組み合わせは64通りですが、これらの命令によって合成されるアミノ酸(単語)のほうは20種類しかありません。これは異なる文字の組み合わせで同じ意味を持っている「同義語」がたくさんあるということです。また合成をやめさせたり、離れるように命令をする、いわば「ストップコード」の意味を持っている文字の組み合わせも3つあることがわかりました。これらによってDNAの謝配列による突然変異が起こりにくくなったり、仮に一部で変異が起こっても大きく変わらず、元の状態に戻りやすいようになっていると考えられます。
前述したように、私たちの体を構成する細胞は、すべてのDNAの情報に基づいてつくられています。つまりここでDNAが果たしているのは、まさしく人体の設計図としての役割です。なにをつくってどのような部品になって、それをどのように組み合わせて、最終的にどういうものにするというのが、すべてのDNAの配列によって細かく書かれているのです。
そして私たちの体にはもともと、ある刺激を受けるとDNAの情報に基づいて必要な部品を集めて、高次な構造をつくる機能が備わっています。だから必要な部品さえ揃えれば、あとは設計図のとおりに私たちの体は勝手に組み立てられていくのです。DNAによって伝えられた情報によってつくられた新たな細胞は、他の細胞と組み合わさりながら高次構造をした組織や臓器の一部になったり、血液やリンパ液の中を浮遊する細胞になったりします。そしてこれらがDNAにある上方が示したとおりに働くことで、私たちの体が問題なく活動できるわけです。
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