こんばんは。

また、予告とは違う内容になってしまいました(´・ω・`)
(だったら予告なんかしなきゃいいのにね…)

さて、いつもの記事と毛色が違いますが、思い付いたのでちょっとまじめなことを書いてみます。

私が競技ダンスをしている原点の話です。


個人的なメモの意味もあるので、私自身に興味のない方には面白くないと思います(笑)


テーマは、自分の限界。


大学に入る前の私は、本気になるってことを知らない子でした。

ひとつのことに集中して取り組んだことがなく、いろいろ器用にこなすものの中途半端。結果がそこそこでも、取り組みかたもそこそこだから仕方ないか、と大して悔しい思いもしてきていません。



そんな自分が煮えきらないなぁ、つまらないなぁと思ってた時に、ちょうど出会ったのが学生競技ダンスです。

勝ち負けがはっきりしていて結果がわかりやすいし、何かひとつに向かったときに自分がどこまでできるのか試したかったので、これはぴったりだ!と思ってやる気満々で入部。


最初の頃の私は、本気で取り組みさえすれば必ず思った結果が出ると純粋に信じていて、自分はダンス経験もあるし、チャンピオンくらいなれるっしょ!誰よりも努力すればいいんでしょ?くらいに思っていました(笑)



でも実際、競技ダンスを学連の四年間やってわかったことは、諦めず努力すれば必ず叶う、ではなく、もう限界ってくらい本気になってやってみても、ダメなことはあるってこと。

自分にはもうどうしようもない部分、それはその時の運だったり、周りの人だったり、自分の体調やメンタルだったり、いろんな要因が重なってその結果になる。

私の場合は、学連の最後の一年、全ての試合ファイナルに進出しながら、ほとんど二位で結局一度も優勝出来なかったのがそれ。

当たり前と言えば当たり前なんですが、本気になってやれば必ず望んだ結果が手に入ると信じていた自分には、それを現実として突きつけられるのはなかなかショッキングなことでした。



自分の限界を見るのは怖いです。

最大限を出してもダメだった時は、やっぱり凹むし傷つきます。

でもそれを見ないようにしていると、思ってた通りにならないとき、自分はまだ本気を出していないっていう言い訳を用意して、自分の能力じゃなく、自分のやる気や努力をダメな理由にしようとする。

自分は努力が足りない、自分はダメだな、と自己嫌悪に陥る反面、本気の自分はこんなもんじゃないはず、って根拠ない自意識過剰になってたり。

それってなんとなく、現実が見えてないし、結局成功から遠ざかる考え方なのかな、って気がします。



限界を知る、ってすごくネガティブなイメージがあって、それは諦めることと同じように扱われるけど、実際は違うんじゃないかな。

自分には限界があること、限界を出してもできないことはあること。

それを受け入れることは、逆に自己評価を正しく持って、限界を越えていくことにつながるんだと思う。

今感じてる自分の限界は、今のもので、未来にずっと変わらないわけじゃないし。


がつーんと負けても、頑張ったのにダメだったってなっても、案外大丈夫なんです。繰り返せば強くなる。最初はそれを極端に怖がってたけども。



そして、もしも最後まで目標には届かなくても、そこに残るのは後悔ではなくて、清々しい達成感なんだってことも、学連を終えてわかったことです。

そこに至るまでの、悔しかったり、辛かったり、楽しかったり嬉しかったりのいろんなことが、本気になってみないと味わえない素晴らしい体験でした。



そして今、私が競技ダンスを続ける理由は2つ。

1つは、もう一度、チャンピオンになるっていう夢を追いかけたいと思ったから。

2つめは、こんなに自分が夢中になれたダンスという世界で、もっといろんな楽しかったり嬉しかったり感動したりっていう体験をしたいと思うから。

たとえ、限界にぶち当たって苦しむことがあっても、必ず成功するという保障がなくても、です。






そんなひとりごとでした。

それでは!




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