~チャンミンside~
あれから、洗面所でタオルを濡らして少し腫れぼったくなった目を冷やした。
俯きかげんに楽屋に戻れば、すでに移動の用意をしたドンジュさんとあの人が待ちかまえていて。
「いやにゆっくりだったけど、…体調悪い?」
って、心配そうに顔を覗きこむドンジュさん。
「……いいえ。」
それだけ言って、サッと自分の荷物を手に取る。
あなたの視線を痛いくらいに感じるけど、…今は、あなたを見る勇気がないから。
今日はさらに違う歌番組の収録で、別のスタジオに移動をしなければならない。
車に乗り込む際、ドアを開けてくれたユノさんは、やはり何か言いたげで。
僕とすれ違いざま、──チャンミン、ってよぶけど。
───だから、…ごめん。
今は、何も話したくない。
スタジオ前、────あまりのファンの多さに。
車を近くまで寄せることもかなわず、かなり歩くことになった。
僕のファンだけではないんだろう、男女入り乱れた人垣に、少しばかりの緊張がはしる。
「…チャンミン。」
真剣な面もちに、つい目がいってしまって。
───ほら?
一度重ねた視線は、なかなか離せないのに。
後悔しながら、なんとか靴ひもを結び直すふりをして、あなたの視線から逃れる。
「…チャンミン。…俺から離れるな?」
──えっ?って見たら、スタジオの玄関を指差して、
「100メートルくらいはあるからな。ゆっくり歩くから、…絶対俺の背中から離れるなよ。」
「…あ、、はい。」
一瞬でも都合のいいように勘違いした自分が恥ずかしくて、足早に車から降りた。
「…っだから、…離れるな、って!」
グイッと腕を掴まれて、身体を寄せるその人に、…不覚にもドキドキが止まらない。
───そして、それからが大変だった。
一歩進むごとに揉みくちゃにされ、あちこちから伸びる手を、あなたが僕を守るように遮るけど。
そのうち、すごい砂埃で、目を開けてるのも辛くなった僕は、…ただあなたの背中の気配だけを頼りに歩いた。
───もうすぐ玄関口、というところで。
後ろから押された固まりが、どっ、となだれ込んで、……のみこまれそう。
「…い、痛っ、…!」
誰かの夢中で伸ばした指先が、ツー、…と僕の頬に傷をつける。
「…チャンミン!」
僕を覆うように、周りの無数の手から壁を作ったと思ったら、──トンッ、と目の前の入り口に向かって背中を押された。
「…先に行け!」
振り返りつつ、やっと入り口にたどり着いて。
──────背中を押される瞬間、…何かポケットに入れられた気がする。
それが、…あの人なのか、周りにいた人達なのか、あの状況では分からないけど。
入り口付近もスタッフや警備員でごった返していて、人の波に添うように歩きながらポケットに手を入れてみる。
──カサッ、と。
取りだしたのは、……あの真紅の羽のメモ。
《地下の書庫で》
───え?
すぐさまあなたを探すけど、…駄目だ、見つけられない。
遠くで、ドンジュさんが僕を見つけて手を振っている。
───ドンジュさんの所へ行かなければ
一歩踏みだしたのを、後ろからドンっと肩同士ぶつかって、手に持ったメモがヒラヒラととんでいった。
─────「あっ……!!」
伸ばした指先を掠め、真紅の羽が人ごみの中に消えていった。
「チャンミーン!!」
遠くでドンジュさんの呼ぶ声。
チラッと見て。
背を向ける。
ドキドキとうるさい胸の鼓動だけが僕を支配して、…何も考えられず、追い立てられるように。
───地下へ続く階段へと走った。