その1からのつづきhttp://ameblo.jp/fractal0213/entry-10167470074.html


彼らは、じぶんたちのもくろみにかないそうな人間のことは、あいてがそれと気のつくずっとまえから、すっかり調べ上げていました。そしてその人間をつかまえる潮どきを待つのです。
その瞬間がおとずれるように、くふうもこらします。

たとえば、床屋のフージー氏の場合を見てみましょう。

彼は名高い理髪師というわけではありませんが、その界隈では評判のいい床屋です。貧乏でも、金持ちでもありません。
彼の店は市の中心部にありますが、小さい店で、若い使用人をひとり置いていました。

ある日のこと、フージー氏は店の入口に立って、お客を待っていました。今日は使用人は休みをとっていて、フージー氏ひとりです。彼は道路にはねる雨をながめていました。
いやな灰色の日です。フージー氏の気持ちも灰色でした。

「おれの人生はこうしてすぎていくのか」

と彼は考えました。

「はさみと、おしゃべりと、せっけんの泡の人生だ。おれはいったい生きていてなんになった?死んでしまえば、まるでおれなんぞもともといなかったみたいに、人に忘れられてしまうんだ。」

ほんとうは、彼はべつにおしゃべりがきらいではありませんでした。むしろ、お客をあいてに長広舌をふるい、それについてのお客の意見を聞くのがすきだったのです。
はさみをチョキチョキやるのや、せっけんの泡をたてるのだって、いやなわけではありません。仕事はけっこうたのしかったし、腕に自信もありました。なかんずく、あごの下のひげをそりあげるのは、だれにも負けない程上手でした。けれどそんなフージー氏にも、なにもかもがつまらなく思えるときがあります。そういうことは、誰にでもあるものです。

「おれは人生をあやまった」

とフージー氏は考えました。

「おれはなにものになれた?たかがケチな床屋じゃないか。
おれだって、もしもちゃんとした暮らしができてたら、
今とはぜんぜん違う人間になってたろうになあ!」

でも、この"ちゃんとしたくらし"というのがどういうものかは、フージー氏にははっきりしていませんでした。なんとなく立派そうな生活、贅沢な生活、たとえば週刊誌にのっているようなしゃれた生活、そういうものをばくぜんと思い描いていたにすぎません。

「だがな」

と、フージー氏は憂うつな気持ちで考えました。

「そんな暮らしをするには、おれの仕事じゃ時間のゆとりがなさすぎる。ちゃんとした暮らしは、ひまのある人間じゃなきゃできないんだ。ところがおれときたら、一生のあいだ、はさみとおしゃべりとせっけんの泡にしばられっぱなしだ。」

ちょうどそのとき、しゃれた型の灰色の自動車が走って来て、フージー氏の理髪店のまえで止まりました。灰色ずくめの紳士がおりて、店の中に入ってきました。そして鉛のような灰色の書類かばんを鏡のまえのテーブルにおき、かたくて丸い帽子を洋服かけにかけ、鏡の前の椅子に腰をおろしてポケットからメモ帳を出し、小さな灰色の葉巻をくゆらしながらメモ帳をめくりはじめました。

フージー氏は、小さな店の中がなんだか急にとても寒くなったような気がして、入口を閉めました。

「いかがいたしましょうか?」

と、彼はとまどいながら聞きました。

「おひげをあたりましょうか、それとも髪をお切りしましょうか?」

そう言ったとたんに、彼はしまったと思いました。
その紳士はテカテカのはげ頭だったのです。

「どちらもけっこう」

と、灰色の紳士はにこりともせずに、ぞっとするほど抑揚のない、いうなれば灰色の声で言いました。

「わたくしは時間貯蓄銀行から来ました。ナンバーXYQ/384/bという者です。あなたは、わたくしどもの銀行に口座を開きたいとお考えですね?」

その3へつづく....
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