キミは、知っているだろうか。


それが、愛だということを。


キミは、気付いているだろうか。


それが、真実だということを。




もう、だいぶ前のはなし。




「振り込め詐欺に遭った」


母の声に思わず僕は


苛立ちをぶつけてしまったけれど、


あとになって、


冷静になったらわかったんだ。



電話越しの声が違っていたり


上司がどうとか、タクシーがどうとか、


ケータイにはかけるなだとか、


いま思えば不自然なことばかりなのに、


いとも簡単に騙されてしまったこと。



父と母と、ふたりでいながら、


呆気なく、


僕のフリをしたキミの指示通りに


動いてしまったこと。



「いくら用意できる?」


というキミの言葉に


慌てて家を飛び出して


一度におろすのでは足りないから


いくつも銀行をまわり、


ふたりでかき集めたお金を


タクシーでやってきた見知らぬ若者に


なんのためらいもなく手渡し、


その後、生放送で画面に映った僕を見ても、


それでも疑いの気持ちが芽生えなかったのは、



それが、親というものだから。



息子の身になにかあったと言われれば、


それ以外のことの真偽なんて、


どうでもよくなるんだ。


我が子が一番たいせつなんだ。


キミが思っているより、


ずっとずっと深い愛なんだ。


キミに対する憤りなんて


あっという間に飲み込んでしまうほどさ。


たくさんの愛情を注いでもらった僕でさえ


こんなにも深いものだとは思わなかった。



それを知ることができたと思えば


キミが受け取った金額も決して


無駄ではなかった。


もちろん犯罪だから、


「ありがとう」なんて言えないけど、


僕は、


キミのおかげで、


はかりしれない親の愛情を感じることが


できたんだ。


キミが受け取ったものは、


まぎれもない、


親の、子に対する愛なんだ。


それも、ほんの一握りの。



これでキミの目的が果たせたのなら


それでよかったと思う。


でも、わかってほしい。


本当の幸福を手に入れたのは


僕たちだっていうこと。


キミが手にしたものは、


愛のカタチだっていうこと。


僕はいま、


とても幸せだっていうこと。