第466話◇喪失の後に
大切なものを失った人に、もたらされるものがある。それは、視力を失った人が、その聴覚や触覚を驚異的なまでに発達させて再構築した世界のような、今までとは違う視点で築き上げる「新しい世界」である。
それは、失う前には決して予想も出来なかった世界である。
喪失から逃げずに向き合えば、二つの心と出会えるはずだ。
ひとつは、「もうダメだ」という心。
もうひとつは、「これは大きなチャンスだ」と新しい可能性に疼(うず)く心である。
「喪失」というのは、行き詰まった人間が自ら呼び寄せた「救い」であり、新たな「可能性」である…と考えたらどうだろうか。
そもそも、人間の持つ可塑性(かそせい=いかようにも変化して元に戻らない性質)や治癒力・再生力は、肚さえくくれば生半可なもではなく、とんでもなく強く大きいものである。
何かを失えば、何かを掴む容量が得られる。
失ったものにケジメをつけ、新しいことに挑むその勇気があれば、新しい世界で何を掴むか計り知れない。
さて、もし喪失の中にいるなら、改めて自分の癖を一から考えてみる。稚心を去る。そして変えるべきところは変えていく。
過去にケジメをつけ、顔を上げて前を向いて歩いていく。
そうすれば、何度でも自分と世界を新たに築き上げていけるはずだ。