しばらく私たちは黙って外を見ていた。
「結構奮発してディズニーランド行ったじゃん?千春さんさ、俺にミッキーの耳つけろってうるさかったよな。高1男子だぜ?家族とディズニーってだけで恥ずかしかったのにさ。自分はミニーの耳つけてはしゃいでるし」
不意に楽しげな口調で話し出す千歳を、私は直視することができなかった。どうして彼は、こんなにも大切に、何一つ傷つけることのないように思い出をしまい込んでいるのだろう。千歳にとってママは―『千春さん』はまだ過去ではないのだ。
「春海はさ、」
突然自分の名前が出てきて思わず肩を揺らした。
「最初は全然興味ありませんって顔してるんだよ。着ぐるみとか見ても横目でチラッと見るだけでつまらなそうに口をへの字に曲げてさ。でも段々興奮してきて、でも最初に拗ねてみせたものだから素直にはしゃげなくて。おかしかったなあ。ほっぺた真っ赤にさせて目をキラキラさせてるのに、絶対自分から何乗りたいとかどこ行きたいとか言わないんだよ」
「恥ずかしいなあ。よく覚えてるね」
良かった。千歳の記憶の中に私もちゃんと存在していて。
「うん。なんだか昨日のことみたいだ」
急に真剣な声になって、千歳が言う。
「私はもうほとんど覚えてないな」
その声音に反発するように、ぽろりとそう言うと、千歳はひどく傷ついたように目を細めたけれど、無理に笑った。
「まだ春海は小学生だったからな」
そう自分を納得させるように言うので、私も否定することはできなかった。
「夕飯、何時からだっけ」
「…7時」
「じゃあ、俺もそれまでに風呂入ってこようかな」
立ち上がった千歳を、座ったまま見上げた。
「露天風呂、気持ちよかったよ。景色も綺麗だったし」
「そう?楽しみだな」
千歳が行ってしまった後も、私はぼんやりと外を見ていた。
ディズニーランドに行ったこと自体は覚えている。けれど、細かい出来事はほとんど覚えていない。結局千歳が耳のカチューシャを着けたのかどうかも、分からない。
ママとの記憶はどんどんおぼろげになっていく。それなのに、ママの存在感は私の中でどんどん大きくなっていて、何故か窒息しそうになることがある。
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