「いやあ、悪いね千歳君」
祖父は千歳に酒を注いでもらって上機嫌だ。もう顔は真っ赤になっている。
「なんだか息子ができた気分だよ」
「千歳君もいつの間にかお酒飲める歳になっててねえ。ついこの間生まれたような気がするのに」
祖母も二人を見ながらにこにこと言う。
「本当に、千歳が生まれたころから遠影さんにはお世話になりっぱなしで」
鈴子さんがしみじみと言う。
「だいぶ歳とってから生まれた子供だったから、周りのお母さんたちといまいち馴染めなくて。寿子さんがいなかったら、くじけてましたよ」
「まあ、なんだ。うちも千春が出て行って寂しかったのもあるし、寿子にもいい張り合いだったでしょう」
「ほんと」
祖母はそっと笑った。
「東京から帰ってきた後も、やっぱりあの子はもう母親になっていたから。こうやって一緒にお酒を飲むこともあまりなかったわね」
千歳は神妙な顔をして聞いている。幼いころはよく遠影の家に預けられていたらしい千歳は、他人に見せるような棘を、私の祖父母には見せない。
「僕も、なんだか家が二つあるみたいで楽しかったですよ。春海が来てからは妹ができたみたいだったし」
そしてちょっと皮肉気に笑った。
「千春さんは、お姉さんって感じでしたけど」
「あの子はなんだか子どもみたいなところがあったから」
懐かしむような声で祖母が言う。
「時々春海とどっちが母親で娘だか分からないような喧嘩もしてたわね」
「だって、ママ、言うことめちゃくちゃなときあるんだもん。覚えてる?私が遠足で動物園行くのずるいって言ってついてこようとしたこと」
和やかな笑いが起きる。死んだ後のママは、いつだって人をこんな表情にさせる。
「困った子だったけど、こうしてみんなで笑って思い出せるようになってよかったわ」
祖母が言う。生きてるときは決して親孝行な娘とはいえなかったけれど、それでもママは愛されている。
私はこっそりと千歳を盗み見る。彼は穏やかに笑って、けれどやはり少し悲しい顔をしていた。
「春海と酒が飲めるまで、頑張って長生きせにゃなあ」
祖父がぽつりと言った。
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