父と千歳は、一度だけ対面したことがある。私が小学二年生の夏休み。たちの悪い夏風邪にかかって送っていけなくなった祖母の代わりに、中学に上がったばかりの千歳が私を連れて新幹線の駅まで向かった。
今思うと、どうして12歳の男の子に任せて大人たちが安心できていたのか分からない。けれど千歳は当時から大人びた―悪く言えば子供らしさの無い子どもだったのだと思う。その時は中学生なんて当然大人だとおもっていたけれど。私はいつまでたっても12歳の千歳にすら追いつけない気がしている。
私は大好きなちい兄―当時はこう呼んでいた―とお出かけができるのではしゃいでいた。パパとちい兄が仲良くなればいいな、などと思っていた。
なんて呑気だったのだろう。いくら8歳にしても幼すぎる。
「君が千歳君か」
微笑みながら言う父に答えもせず、千歳はじっと父を見据えていた。父は戸惑ったように微笑んだまま首をかしげた。
「春海にいつも聞いているよ。仲良くしてくれているんだってね」
「まあ…普通ですけど」
いつものような声変わり途中の不安定な声でなく、無理に押し殺したような低い声を出す千歳に、何となく不安になったのを覚えている。
「じゃあ、時間になったら迎えに来るから」
私の頭に手を置いて千歳はそう言った。
「ちい兄行かないの?一緒に行こうよ」
「そうだよ千歳君。君を一人にしておくのも心配だ」
父も言い添える。今思えば当たり前だ。まだ成長期も迎えていない男の子を慣れない街に一人で放り出すなんて、まじめな父にはできなかっただろう。
けれど千歳は冷たい視線を―今思い出せば冷たいとわかる視線を父に向けた。
「大丈夫です。そこの本屋とか喫茶店で時間つぶしますから」
「やだよお。ちい兄も一緒に行こうよ」
まだ駄々をこねる私にしゃがんで目線を合わせて千歳は言い含めるように言った。
「今日は春海とお父さんの日だろ。二人で楽しんでおいで」
そして立ち上がって父に聞く。
「3時半にここでいいんですよね?」
「ああ…」
父は気圧されたように肯いた。
「だが…」
「じゃあ、また後で」
千歳はくるりときびすを返して行ってしまった。何故かひどく悲しい気持ちでその背中を見送っていた私の手を取って父は言った。
「しっかりしたいい子だね…」
「うん」
私はその言葉の裏にある意味に気が付かずに嬉しくなった。パパも千歳がすごいって分かるんだ。
「中学生とは思えないくらい大人だねってみんな言うよ」
「そうだろうね」
父は肯いた。
「もう立派な男だ…」
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