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better than better

彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

つかみどころのない男の子だ。そもそも彼がなぜ演劇部に入部してきたのかも、誰も知らないのだ。

 この間の運動会、と思い出す。一番の盛り上がりを見せる、最後のリレーの際の出来事だった。

 香篠君はクラスごとに縦割りでチーム分けされているうちの、5組のアンカーだった。陸上部員どころか、運動部員ですらない1年生がアンカーの場所にいることをみんな不思議がった。私も部活の後輩がいる、と思ったきりなぜ彼がそんなところにいるのかは分からなかった。1年生のエリアから聞こえる黄色い歓声がほとんど彼に向けられていることに気が付いた時には、純粋に驚きさえした。アンバランスなほどひょろりと伸びた手足は走ったら絡まってしまいそうだったし、だるそうにポケットに突っ込んでいる手も、裾を切ったジャージも、前髪だけをゴムで束ねた金髪も、およそスポーツマンらしくなかった。

 私たち2組はその時点で逆転不可能なほど断トツの再開で、選手が走り出しても身を入れて応援することができず、時折がんばれー、などと言ってみたりしながらぼんやりと眺めていた。

「あの男の子、演劇部でしょ?足、速いの?」

陸上部の女の子に聞かれたけれど、首をかしげるしかなかった。

「もうすぐ走るんだから、それ見ればいいじゃない」

レースから目を離さないまま瞳が不機嫌な声で言った。グラウンドを見ると、なるほど2組は1人だけ遅れて走っていた。瞳は何につけ、負けることが大嫌いなのだ。

 バトンが香篠くんに渡った。前を走るのは2人、後ろには3人。グラウンドの反対側のバトンゾーンで、黄色いバトンは彼の手にしっかりと握られた。

 彼の手足は絡まりなどしなかった。ダイナミックで綺麗なフォームを描きながら、あっという間に1人を追い抜く。黄色い歓声はさらに大きくなった。

 半周を過ぎ、もう少しで4組のアンカーを追い越そうという時、初めて彼を真正面から見ることができた。ぞっとした。いつもはやる気の無い無表情か、生意気な笑顔しか見せない彼は、恐ろしい形相をしていた。まるで獲物を追うライオンのようだ。黄色いたてがみの、しなやかなライオン。彼が追いかけているのが前を走るランナーではなくて私自身であるかのような錯覚を起こして、瞬間パニックに陥りかける。捕まったら最後、頭から骨ごと噛み砕かれる。

「すごい!」

後ろに座っている男の子がため息交じりに称賛するのを聞いて、やっと彼がすでにゴールしていたことに気が付いた。1位と書かれた旗を持った彼は、クラスの女の子たちに手を振っていた。あの恐ろしい獣の影は、その背中には見られなかった。無邪気に手を振る彼は、いつもの香篠君だった。思わずぎゅっと自分の腕をつかむと、鳥肌がたっていた。

 

今目の前に座るこの男の子には、あの時感じた恐ろしさは全く無い。大きな手で小さなゲーム機をいじる彼は可愛らしくさえ見えた。

「先輩?」

不躾にじろじろ見ていたことに気が付く。口の中でごめん、ともごもご言うと、香篠君は苦笑してゲームをポケットにしまった。

「香篠君はどの班に入るか、もう決めたの?」

先輩の威厳を取り戻そうとして尋ねると、香篠君は首をかしげた。

「班?」

私はびっくりして言う。

「役者班とか、照明班よ。学園祭に向けて班に分かれるって聞いたでしょ?一年生は来週までに決めなきゃいけないはずだけど」

「ああ、それか」

香篠君は興味がなさそうに頷く。本当に奇妙な子だ。ほとんど学園祭のために活動している演劇部では所属する班はとても重要で、新入部員たちは最近その話ばかりしているというのに。部活が始まる時間よりもずいぶん前に部室にいる熱心さと、この興味の薄さがどうしてもつながらない。

「先輩はどこの班なんですか?」

「私?私は衣装班だけど」

「じゃあ俺もそこにしようっと」

「なにそれ」

少し怒った口調になってしまったのは仕方がないと思う。

「ちゃんと考えなよ。香篠君、何のために入部したのよ」

彼は長い指で窓を指した。

「時計台」

「は?」

「時計台が一番綺麗に見えるのが、演劇部の部室だったから」

私は窓の外に目をやった。確かにここからは学校の売りでもある時計台がよく見える。なんでも創立当時に有名な建築家が設計したらしい。

「それだけのために?」

「うん。俺、すごいあれが好きなの」

にっこりと笑う彼に、私は言うべき言葉が見つからなかった。


次話



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