結局その言葉通りに衣装班に入ってきた香篠柊は、しかし全く裁縫ができないことが判明した。それは「家庭科の授業では黙っていても周りの女の子たちが全部やってくれていた」からだそうで、私たちは彼を女たらしの役立たず、と命名した。それなのに班で唯一の男子でそれなりに可愛らしい彼を甘やかそうとする先輩たちに私は猛然と腹を立てて、無理やり彼に針と糸を持たせた。
「学園祭の準備が始まる前に一通りできるようになってよ。女たらしなのは別に構わないけど、役立たずはやめて」
香篠君はまるで珍しいものを見るかのように針を眺めた後、得意げに言った。
「俺、針の穴に糸通せるよ」
「そんなことで威張らないで。子どもの手伝いじゃあるまいし」
いいじゃない、香篠君いてくれると楽しいし、という先輩の声は聞こえないふりをしてため息をつく。
「なんでなみ縫いもできないのに衣装班はいったのよ」
「だって遠影先輩がいるから」
言葉を失った私を無視して、周りの先輩は爆笑した。
「さすが女たらし!」
他の1年生は困ったように小さく笑っている。こうなると、同学年が一人もいないということが辛くなってくる。
そして次の日、香篠は部活を無断欠席した。なんたること!学校には来ていたと報告した同じクラスだという女の子は、まるで自分が悪いことをしたかのような申し訳なさそうな顔をした。
「珍しいね」
先輩が面白そうに言う。
「遠影さんが怒ってるところなんて初めて見たかもしれない」
「そりゃ、腹も立ちますよ」
私は手に持った布を掲げてみせた。
「小学校で使った運針練習用の布、昨日せっかく探したっていうのに」
「へえ、懐かしい」
綺麗に爪を塗った指でそれを受け取った小笠原先輩はからかうような目をした。
「遠影さんがこんなに必死だっていうのにねえ?」
「何が言いたいんですか」
「こんなに感情の振れ幅が大きい人だとは知らなかった、てこと」
わたしは口をとがらせて黙った。
「まあ、香篠君にはだれだって振り回されるとは思うけどね」
中途半端なフォローを投げて小笠原先輩は布を返してきた。
その布を見つめて決意する。一日さぼるごとに、波縫い10往復ノルマを増やしてやる。
ランキング参加しています。よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村