香篠君に一通りミシンの使い方を教え終えて部室に戻ったのは、もう日が沈んだ後だった。
「もうこんな時間」
「先輩がスパルタなんだよ」
それでも香篠君は嬉しそうに窓に駆け寄った。
「ね、来て」
呼ばれるままに彼の横に立って窓の外を見る。
夜空とはまだ言い切れない藍色の空に、時計台がぽっかりと浮かんでいた。異国に来たような、おとぎ話に迷い込んだかのように、私はただ黙ってその光景を見ていた。
「綺麗でしょ?」
いつもは高いところから聞こえる声が真横から聞こえて少し動揺した。横目で盗み見ると、彼は育ちすぎたもやしのような身体をかがめて、私と同じ高さから外を見ていた
「この時間が一番綺麗なんだ」
その姿勢のまま香篠君は呟くように話し続ける。
「ちょうどいい具合に校舎の光が当たってるんだ。後ろから明るすぎないくらいにさ」
香篠君は本当に楽しそうに、低い声で歌い始めた。小声で歌うその英語の歌は、私をとても切ない気持ちにさせた。
「本当にきれい」
返事を期待するでもなく私は呟く。
「私も、この景色、好きよ」
香篠君が心ゆくまで歌うまで、私たちはずっと時計台と、色を失っていく空を見ていた。
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