better than better 31 | better than better

better than better

彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

 祖母が引っ張り出してきたのは、ママの浴衣だった。紺地に白抜きの花が散っている。

「私の浴衣、無かったっけ?」

淡い水色の浴衣を思い出しながら聞くと、祖母はフンと鼻を鳴らした。

「あんな子供っぽいもの着るつもりだったの?とっくにチエミちゃんにあげちゃったよ」

親戚の小学生の名前を出されて、私は惨めな気持ちで紺色の浴衣を見つめた。

「貸してごらん」

祖母に手早く着付けられ、鏡を覗くと否応なしにため息がこぼれた。

「私には、まだ早くない?」

私の傍らに立って、祖母も鏡を見た。

「自信を持ちなさい、春海」

鏡の中の私と目を合わせながら、ゆっくりと言う。

「顔立ちは千春とそっくりなんだから。服に負けるはずないでしょ?いつまでも千春の影に隠れていると、どんどん自分が霞んでいくよ」

「私は、」

鏡の中の自分と目を合わせたまま言う。

「私はママみたいになれない。ママみたいに、華やかに、まっすぐになれない」

「いいのよ」

祖母が言う。

「春海は春海でいればそれでいいの。春海でいることに堂々としてればいいの」

「…難しいよ、それ」

ぼそりといった私に少し笑いながら、祖母は一歩下がった。

「髪もやってあげようね」

祖母は髪を結った後に、唇に紅もさしてくれた。いつものリップとは違う、微かな罪悪感を含んだ赤色。

「春海は綺麗よ」

言い含めるかのように祖母は言う。私はようやく、鏡の自分にきゅっと笑ってみせた。


下駄をカランコロンと鳴らしながら、暗くなりかけた道を歩く。慣れない浴衣はひどく歩きにくくて、それが余計に私を高揚させた。

 良い気分で歩いていると、前から千歳が帰ってくるのがみえた。

「千歳」

目をあげて私に気が付いた千歳は、目を見張って静止した。しばらく固まっていた後、ふうっと目元を和らげる。

「春海か。千春さんかと思った」

その瞬間、激しい屈辱感が体中の血管を流れた。体がカッと熱くなったために、下駄の冷ややかさが急に痛く感じる。

「私は、ママじゃないよ」

千歳は一瞬怪訝な顔をした。

「知ってるよ」

「嘘つき」

「嘘つきってなんだよ。千春さんみたいな浴衣着てるから驚いただけで」

「この浴衣は、」

自分の冷ややかな声に寒気を感じながら言う。

「この浴衣は私のだもん」

千歳は私をなだめるようにちょっと笑った。

「夏祭り?デートか?」

「…部活の人と!」

本当は走ってその場を去りたかったのに、浴衣と下駄が邪魔をする。さっきまでは楽しんでいた動きづらさも、こうなると腹立たしいだけだ。

 後ろで見送っているらしい千歳にせめてもの見栄をはりたくて、背筋を伸ばして足早に歩いた。


次話



ランキング参加しています。よろしければクリックお願いします↓


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村