「いっぱい屋台出てるね。るみはなにから行きたい?」
「るみ?」
私は思いっきり不審な顔をした。
「誰、るみって」
「先輩のことだよ。はるみ、のるみ」
「なんでわざわざ」
「誰もそう呼ばないでしょ。他の誰も呼ばない名前で、先輩のこと呼びたかったから」
分かり切ったことを、というような口調で話す香篠君の顔を呆然と見ていたけれど、ようやく声が出た。
「それって、まるで恋人みたいな、言い草だけど」
「なろうよ、恋人」
香篠君はやはり分かり切ったことを話すように言う。
「付き合おうよ。俺、先輩にとって他の誰も立てない、特別なポジションが欲しいんだ」
そう言って彼は私の手をとった。関節の太い千歳の手とは違う、細くて女の人のようなきれいな指。
「行こう。俺、綿あめ食べたい」
私の返事を聞くことなく歩き出す。彼はさっきまでと何も変わらない。ただ、絡められた指を除いては。
その日、私たちは綿あめや焼きそばを食べて、金魚すくいをした。香篠君は驚くほどへたくそだった。射撃で彼が撃ち落としたぬいぐるみを渡されながら、私はこの子の彼女になってしまったのだろうか、とぼんやり考えた。嫌な気持ちはしないけれど、祭りの空気も相まってどこかふわふわとした感触しか湧いてこない。けれど、その話題をもう一度切り出すこともできず、彼はわたしのことを、るみ、と呼び続けていた。