「久しぶり」
前回会ったのは、夏休みに入ってすぐの頃だった。父は何も変わらない。短く切り揃えた髪と、細いフレームの眼鏡。
今日は忙しい父に合わせて、私が東京に出てきていた。家を出るとき少し祖母と口論をしたので、私は少し機嫌が悪かった。会いたくないのなら、無理することはないのよ。無理などしていない。なぜいきなりそのようなことを言い出したのかも分からないし、そう思われていることもひどく心外だった。
父は私を見て少し戸惑ったように小さく笑った。
「久しぶりだな」
その表情の意味を掴めないでいるうちに、父はいつものように穏やかに言う。
「どこか、行きたいところ、あるかい?」
私は首を横に振ってから、ちらりと駅の時計を見た。13時25分。
「何か食べたいな。まだお昼食べてないんだ」
「新幹線で食べてこなかったのか」
「うん、ごめん」
構わないよ、と言って、父は駅の地下の洋食屋に連れて行ってくれた。日曜日の昼時、店の中は私と同じ年頃の女の子連れやカップルでそこそこ混んでいた。
ハヤシライスを頼んだ父を見て尋ねる。
「パパも食べてなかったの?食べないつもりだったの?」
父はメニューをテーブルの隅にたてながら、また小さく笑った。
「最近、あまり昼食は食べていないな。昼休みがなかなかとれないんだ」
「そんなに仕事忙しいの?」
うん、まあ、色々。言葉を濁した父は背もたれにもたれた。
「体に気を付けてね」
私もあまり意味の無いことを歯切れ悪く呟くと、視線を店の奥に移した。
父といるのが、最近居心地が悪い。無邪気に甘えられるほどもう幼くはないし、わざと素っ気ない態度をとる時期も過ぎた。
父親となんて、もう全然話さない、と友人たちは言う。けれど私たちは違う。会話をしなくてはいけない。それが親子であることの証明だから。
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