それを無理している、と言うのかもしれない。けれどたとえ祖父母にだって、他人にそのようには言われたくない。私たちは、望んで無理をしているのだから。
運ばれてきたオムライスを食べていると、ハヤシライスを食べる手を止めて父が言った。
「春海は少し、雰囲気が変わったな」
「そう…かもね」
前回会った時、私には恋人がいなかったし、キスだってしたことがなかった。
思い出す。映画を見て夕食を食べた帰り道、近くまで送ってくれた香篠君が周りを伺いながらそっとしたキス。私はこれを大事に大事に覚えておこうと誓ったのだ、他の記憶など思い出さないように。
父はそれ以上は追求せず、黙々とハヤシライスを食べ続ける。周囲の話し声と、カチャカチャと皿とスプーンのぶつかる音。
「千歳君は、元気かい?」
父はいつも手探りするように話題を切り出す。
「元気…だと思うよ」
「あまり話さないのか」
「あっちもなんだか忙しいみたいで。就活も始まったし」
でも忙しくても話すことぐらいできる。忙しくなくても会わないでいられるのと同じように。
「彼女なんかは、いるのかな」
私は瞬間カッとなって、それでも平静を装った。
「さあ、知らない」
けれど、自分の口から出た声には、大量の棘が含まれていた。
「千歳君は、色々な物を大切にしすぎるから、」
父はぽつりと言った。
「心配なんだ」
私は父をまじまじと見つめた。
「…どうして」
千歳のことが分かっているの?一度しか会ったことがないというのに。
「過去を大切にしすぎる人は、なかなか前に進めないからね」
質問の意味を取り違えて答えた父は、けれどまるで今の千歳を知っているかのようだった。
「けど、時々羨ましくもなるよ」
父は悲しそうに笑った。
「いつまでも忘れられずにいられるってことは。本当に」
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