父が再婚すると知らされた時のことは今でもよく覚えている。小学校4年生の夏休み。縁側で手紙を読んでいるママの横顔。
「春海」
私の名前を呼んだママの表情は、逆光になっていてよく分からなかった。
「パパね、新しい奥さん貰うんだって」
私はハッと息をのんだ。ママに何と言っていいのか、分からなかった。
「律儀な人。本当に、律儀な人」
呟くように言って、ママは立ち上がり、そのまま手紙を破き始めた。怒りや激しさはなく、まるで何かを確かめるかのようにゆっくりと。私は、律儀な父が書いた律儀な知らせが、細かい紙片となって舞い落ちる様子をじっと見ていた。
まるで、散ってゆく、桜みたいだ。
縁側に散らばった紙切れを見下ろして、ママは薄く笑った。
「なにしてるんだろうね」
そして屈んでその紙切れを拾い集める。
「置いて行かれちゃったの?」
私は思わず口に出してしまっていた。
「パパは、どんどん行っちゃうの?」
ママは一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐに笑ってみせた。
「違うわよ。パパと私たちは、別々の道を歩いているだけよ」
子どもにさえ分かる作り笑いなんて、しなきゃいいのに、と思った。
ママも大切にしすぎる人だったのだ、と今ならわかる。ママは前へなど歩けてはいなかったのだ。一人で父の背中を見つめて立ちすくみ続けていた。死ぬまで、ずっと。
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