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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

『超ひま。テレビ紅白から変えられないし、チビたち寝ちゃうし』

紅白の合間のニュースが始まった時に、ちょうど香篠君からメールが届いた。彼は今一家で釧路に帰省している。

『うちも毎年紅白だよ。今年はどっちが勝つかな』

返事をして携帯を閉じる。

「寒いし何も無いし、やだよ。いとこのチビたちの相手しなくちゃいけないしさ」

最後に会った時に零していた顔を思い出す。その割に帰省してからは、ヒーローごっこに付き合わされていると言いながら、楽しそうに写真を送ってきたりしていたのだ。姉ちゃんは彼氏と旅行だって言って逃げやがった、と言っていたけれど、遠い地で『お兄ちゃん』を楽しんでいるらしい香篠君を想像して思わずクスリと笑う。

「二人とも年越しそば食べるでしょ」

ニュースも終わろうかという頃、こたつから祖母が腰を上げた。頂きますと千歳が頭を下げる。

「私は少なめでいいよ」

「あら、どうしたの?毎年一人前ぺろりと食べていたのに」

「ダイエット?」

横から千歳がにやにやして聞いてくるので座布団を投げつける。埃が舞うからやめなさいと言って祖母は台所に向かった。

「デリカシー無いことばかり言うよね」

ちょっと睨みつけながら言うと、千歳はしれっと返した。

「彼氏もできたし、そういうの気にするようになったのかなって」

しん、としたリビングに、風呂場で歌う祖父の歌がかすかに聞こえる。さっき細川たかしが歌っていた、北酒場。

「…本当、どうしてそういうこと言うの」

調子はずれの歌に少し冷静になって言い返す。

「まだ付き合っているんだろう?」

「おかげさまで」

ふうん、とつまらなそうに呟いて千歳は手元のみかんを弄んだ。

 私はそのみかんをぼんやりと眺める。橙色に絡みつく、少し乾いたような指。

「あの時の、」

急に千歳が小さな声で言うので、はっと顔を上げる。

「忘れて」

何を、だなんて思わなかった。ちゃんと千歳が何を言いたいのか分かっていて、それでも私たちはそれを言葉にすることはできない。怒りたいのか泣きたいのか分からなくてそっとテレビに視線を戻す。画面では足を思いきり良く出した倖田來未が歌っている。祖父がちょうど風呂に入っていて良かったな、と全然関係ないことをふと思った。

「千歳は東京で就職するの?」

いきなり聞いたのは、仕返しの気持ちがあったからだ。案の定千歳は動揺したようにみかんをいじる手を一瞬止めた。

「まあ、そうなりそうかな」

ぼそりと言った。

「鈴子さんはなにも言わないの?」

「お袋はこっちで就職してほしいみたいだけど、正直これを逃したら家から出られる気がしなかった」

ぼそぼそと白状する千歳は疲れたような顔をしていた。

「千歳はずっとここにいるって思ってた」

千歳はようやくみかんの皮を剥き始めながら苦笑した。ぶすりと突き立てられた右の親指。

「俺も、そう思っていた。けど、ちょっともう、しんどい」

なにが千歳を締め付けているのか、なんて聞けるはずもなかった。家族の重みか、忘れられない思い出か。


次話




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