雨ならば雨なりに | better than better

better than better

彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

 目が覚めた瞬間、がっかりと肩を落とした。カーテンを開けて確認するまでも無い。雨が激しく降る音が、部屋の中まで響いている。
 今日は久しぶりに休みの合った恋人と出かける予定だった。動物園に行きたいという我儘をきいてもらって、ずいぶん前から楽しみにしていたのだ。けれど何日か前の天気予報から不穏な空気は感じていた。台風が接近しています。今日直撃だとは言っていたけれど、それでも逸れたり早く過ぎて行ってしまうことだってあるかもしれない、と一縷の期待を持っていたのに。
 これは無理だ。窓の外を眺めてため息をこぼす。そもそも家の外に出ることすら嫌になるような天気だ。今日はやめにしよう、と電話で言おう。私をがっかりさせた、と彼に思って欲しく無い。
 しかし電話をかけることはできなかった。部屋のチャイムが鳴ったからだ。
「俺、俺」
まるで詐欺のような台詞を言う声は、けれどよく知っている声だった。慌てて扉を開ける。雨音が更に暴力的に部屋の中に流れ込んだ。
「なにしてるの!」
外に立っている恋人は、一応手に傘は持っていたが、全身ずぶ濡れだった。
「いやー、そこの駐車場に車置いて来たんだけどさ?そこから歩くだけでこんなことになっちゃった」
そしてぶるりと震える。
「ごめん、とりあえずシャワー浴びていい?」
もちろん、と慌てて頷いて彼を家にあげる。
「あ、やべ。床濡れる」
「そんなのいいから。早くお風呂行って。風邪ひくでしょ」
そう言って浴室に彼を押し込んで、濡れた廊下を拭いてから、以前置いていった彼の部屋着とタオルを用意して洗面所に置く。ここに置いておくからね、と声を掛けると、サンキューとくぐもった声が返ってきた。

 そろそろ出て来るかなとキッチンでお湯を沸かしていると、洗面所から歩いてくる足音がした。
「来て早々ごめんね。シャワーかしてくれてありがとう」
私は首を横に振って尋ねる。
「なにか温かいもの飲む?」
「じゃあ、コーヒー。悪いな」
ゆっくりとドリップする。コーヒーマシーンなどという贅沢なものは無いので、精一杯丁寧に。
「どうしたの、こんなに早くに」
一口飲んで満足そうなため息をついた彼に問う。
「だって早くしないと、今日やめにしようって電話かけてくると思ったから」
「確かにさっきかけようとしてたところだけど」
「せっかく会えるっていうのに、無しになるの嫌だった」
拗ねるように言うので、思わずきゅんとしてしまう。
「だから無理矢理押しかけて、動物園は無理でも他の屋内施設に遊びにいければいいと思ったんだけど。でも、無理っぽいわ。ここから駐車場行くだけでやばいことになる」
そして申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんな、久しぶりなのに」
ぎゅっと胸が詰まって、勢い良く首を横に振る。
「私、今日は無理だって思ってたから、びっくり、ていうか、嬉しい。ありがとう」
彼はほっとしたように笑って、そして小さくあくびを漏らした。
「寝てないの?」
心配になって尋ねると、彼は否定とも肯定ともとれない唸り声を出した。
そうだ、最近忙しいと言っていたではないか。
「ちょっと寝たら?」
「やだよ、もったいない」
「しばらくしたら起こすから。ね?」
説得すると、彼は渋々頷く。
「起こさなくていいからさ、隣で寝ててよ」
「え?」
一瞬戸惑った私の手をとって、にっこりと微笑む。
「お願い」

ベッドにはいってすぐ、彼は寝息を立てはじめた。やはり疲れていたのだな、と思う。
短い睫毛の下に、うっすらと隈が見える。久々の休日なのに。雨が降ったというのに。家で休むこともせずに、会いに来てくれた。
そっと彼の胸におでこを当てる。とくりとくりと静かな心音が聞こえる。雨の音と混ざり合う、朝9時のハーモニー。とても穏やかな気持ちになって、ゆっくりと眠りに落ちていく。
晴れた日、動物園で二人並んで歩く。そんな理想の休日よりも、今日は幸せだと感じた。


ランキング参加しています。よろしければクリックお願いします↓


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村