天使は歌った 2 | better than better

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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

  彼の父親には会ったことがある。わざわざ上京してきて、息子をよろしくお願いしますと挨拶されたのだ。真面目で優しそうな人だったと記憶している。ーロシア人の母親は早くに亡くなったと聞いた。
「お父様はお元気?」
「さあ、知らね。連絡してないもん」
いつもはまるで大人のように仕事をする彼は、私の前では年相応の乱暴な言葉遣いをする。
「電話でもして、ちゃんと声聞かせてあげなさい」
ちょっと大人ぶって説教すると、圭人は冷えた目をして私を見た。
「しないよ。あの人、俺の声、嫌いだし」
「え?」
戸惑う私を尻目に雑炊を食べ終わると、ごちそうさまと手を合わせた。居心地が悪くて、そそくさと食器を流しに運ぶ。
  「俺の声、母親そっくりなんだって」
カチャカチャと洗っていると、後ろからぽつりと声がした。綺麗な、天使のようなソプラノ。
「あの人、俺の声聞くの、本当嫌みたい。俺が母親の声出しているのが嫌なのか、母親の声思い出すのが嫌なのか。俺の声が嫌いなのか、俺が嫌いなのか」
もう分からなくなってきたけど、と水音の向こうで声は続ける。
「だからこうして歌って有名になって、色んなところで俺の声を流すのは、あの人への嫌がらせのためなんだ」

  ある年の12月、ケイにクリスマスコンサートの仕事がきた。大きな教会で行われるそのコンサートが今年の彼の仕事納めであり、結婚して退社する私の最後の仕事でもあった。
  前日のリハーサルを終えてスタッフが帰って行く中、少し一人で残らせて欲しいとケイが言った。
「でも、一人にするのはなあ」
会場の責任者はもちろん渋った。当然だ。ここでケイの身になにかあれば、明日のコンサートは中止になってしまう。
「私も残りますから」
思わず口を挟む。ケイが仕事中に我儘を言うのは初めてで、どこか不安になったのだ。
「まあ、それならば、ね。気をつけてください。戸締りをしたら鍵は事務所に持ってきてください」
なんとか了解を得て、二人で教会の中に残った。




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