天使は歌った 3 | better than better

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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

「どうして残りたいなんて言い出したの?」
二人きりになって尋ねると、圭人は拗ねたような目を向けてきた。
「一人になりたいって言ったのに、なんで高野サンまで残ってるんだよ」
まるで答えになっていなかったけれど、反射的にごめん、と謝ってしまう。
「うそ。本当は良いんだ、高野サンなら」
そう言って圭人はくるりと回りながら前に飾られている大きなツリーに近寄った。私もつられて前の方へ向かったが、ふと思い直して、反対側に置いてあるピアノの椅子に腰掛ける。
「高野サン、ピアノ弾けんの?」
「…弾けない」
「なんだ。伴奏してもらおうと思ったのに」
「ごめん、歌うつもりだったの?」
「んー?」
圭人はツリーの飾りを弄びながら気のない返事を返す。
「明日、ここで歌うのか」
「なによ、緊張してるの?」
首を横に振った彼は、ツリーから天使のオーナメントを外した。
「ちょっと、なにして、」
「こんなところで歌うとか、罰、当たりそー」
「え?」
戸惑う私を上目遣いでちらりと見て、また手元の天使に視線を戻す。
「教会ってさ、神様とか、天使とか、そういうところでしょ?よく分かんねーけど」
「そう、なのかな」
特に宗教的なものに明るくない私は曖昧に同意した。
「やっぱり罰当たるな。俺、悪魔だもん」
「は?」
一体彼はなにを言い出すのだろうか
「いや、ちょっと違うな。でもこの声は悪魔に貰ったものだから。同じことだろ」
天使の声、と称されるその声で、彼は淡々と続ける。
「悪魔にお願いしたんだ、俺に母親の声をくださいって。悪魔はこの声をくれたけど、ほら、悪魔との契約って命じゃん」
もう、長くないな。そう言う圭人を呆然と見つめる。と、彼はぷっと吹き出した。
「冗談だよ。なに本気にしてるの」
力がどっと抜けて、ピアノの蓋に肘をついた。何故一瞬でも信じてしまったのだろう。けれど仕方がなかった。圭人の目には、決して冗談を言っているのではない光が宿っていたのだから。
「高野サン」
名前を呼ばれて視線を遣ると、圭人は片手に天使を持ったまま、悪戯っ子のように微笑んだ。
「結婚祝い、してあげる。ちゃんと聴いてなよ」
一呼吸置いてその唇が紡ぎ出し始めた歌は、明るく有名な結婚を祝福する歌だった。
天使が歌っているのだ。その光景を見ながらぼんやりと感じる。彼の後ろでツリーの飾りがオレンジの光をきらきらと反射させ、圭人を包み込んでいた。教会は優れた音響施設だ、と改めて思う。神に、届けるための歌。
  「ありがとう。感動しちゃった」
歌い終えた彼にそう言うと、ちょっと哀しそうに笑った。
「よかった、間に合って」
小声で呟かれたその言葉は、私に向けられたものではないと分かっていた。何に間に合ったのか、真意を問い質すことはできなかった。


  結婚して半年経った頃、丁度1人目を妊娠した頃に、ケイが事務所を辞めたと聞いた。実家に帰る、と言っていたらしい。
  私はそれが嘘だと知っていた。彼が実家に戻る筈がなかった。けれど、たかが元マネージャーが口を出せることではなかったし、彼の行方を追うことはしてはいけないのだ、とも確かに感じていた。
  あの教会で、私は確かに天使の歌を聴いた。けれど、神様は聴いていてくれたのだろうか。圭人に、神へと届ける意思があったのだろうか。
  天使でも、悪魔でもない私には、到底知り得ないことだった。



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