それから数日間、平日は大学を見に行ったり、買い物をしたりして過ごした。地元でも街まで出れば店もたくさんあるが、東京はどこまで行っても人であふれていた。
休日には父と浅草寺へと行った。ディズニーランドに行きたいと言われると思った、と父は意外そうだったが、もうすぐ18歳になるのに別居している父親とテーマパークではしゃげるはずがない。一緒に暮らしていない分、父も私の成長についてよく分かっていないようだった。
最終日の夕食は優香さんの気遣いで、父と二人でとることになった。この5日間、彼女も気まずい思いをしていたのだろうと申し訳ない気持ちになる。
「それで、行きたい大学は見つかったのか」
なんでもないことのように父が聞いてくる。
「うん、いくつか候補は」
私は総合大学の名を数個挙げた。
「でもまだこっち来るとも決めていないし。まだおじいちゃんたちにも話していない」
「そうか」
父は少しがっかりした顔をした。
「色々言われるかもしれないけれど、春海のしたいようにしなさい。僕はちゃんと応援するし、お金の心配だってしなくていい」
「ありがとう」
父は少し黙った後、箸を置いた。
「千春さんは、僕と結婚するために、大学を辞めてしまったから」
静かな声で話し始めるので、つられて箸を置く。
「僕は千春さんよりだいぶ年上だったし、ご両親からしたら娘を攫っていたように思われているんだろうね。結局幸せにもできなかったわけだし」
父の口から母への思いを聞くのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「ママは、」
あまりにも苦しそうな顔をするので、つい口をはさんでしまう。
「一度もパパの悪口を言ったことが無かったよ。本当に優しくて、良い人だったって」
慰めるつもりで言ったのに、父は余計悲しそうな顔をした。
「そうだね。千春さんは、そういう人だったね」
「ママは不幸なんかじゃなかったよ」
むきになって続ける。ママは、私は、不幸なんかじゃなかった。
「離婚しちゃったけど、死んじゃったけど、でも結婚がうまくいって長生きするのだけが幸せなんかじゃない」
父はすっと視線を私に合わせた。
「そうだね、ごめん」
ようやくちょっと笑ってみせる。
「僕たちは恋をして、結婚して、春海を授かった。その時点でもう幸せだったこと、忘れていた」
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