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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

「そうだな、東京の大学に進むというのは、べつに不自然な選択肢ではないな」
遠慮がちに頷く。家から通える場所に大学が無いわけではないけれど、東京の大学に進学するというのは、うちの高校では特に珍しいことではなかった。
「けれど東京は千春が連れていかれてしまった場所だと、寿子は感じているからな。どうしても賛成できないのだろう」
「ママは別に、」
「ああそうだな」
反論しかけた私を遮る。
「千春は連れていかれたわけじゃない。自分であの男に惹かれて自分の意志で出て行ったんだ。今藤さんだって悪い男じゃない、そんなことはわしらだってちゃんと分かっているんだ」
ママや私が今藤姓であったことなど無かったかのように、祖父は父のことを今藤さん、と呼ぶ。でもな、と祖父は続けた。
「理解するのと、受け入れるのとは、違うんだよ。どうしたってわしらはあの男が千春を不幸にしたと感じてしまうし、今度は春海も盗られてしまうんじゃないかとおびえてしまうんだ」
「私?」
祖父は頷いた。
「本当は、千春が死んだとき、今藤さんがお前を引き取るという話もあったんだ」
「え?」
そんな話は聞いたことが無かった。その時すでに父は再婚していたし、私は当たり前にここに残ったものだと思い込んでいた。
「けれど寿子が聞く耳を持たなかった。春海は絶対に渡さない。ここで育てる、の一点張り。結局今藤さんも折れたんだよ。そのことで揉めて春海が傷つくのを避けたかったんだろう」
「…そんなこと、聞いたことなかった」
「そうだな。今まで黙っていてすまなかった」
祖父が突然床に頭をつけるので慌てる。
「やめてよ」
「いや、本当は春海の意見を一番に聞くべきだったんだ。けれどあの時は寿子が不安定で、気を配ってやることができなかった。本当にすまない」
思わず黙ってしまう。もし仮に当時自分がどうしたいと聞かれていたら何と答えただろう。
「きっと私はここに残るって言ったと思うよ」
ずっと暮らしたこの家。憔悴した祖母。葬式の間中、私の手を握っていた祖父の大きな掌。魂の抜けてしまったような千歳。ママの白くて穏やかな死に顔。私はあの時、そのすべてを捨てることなんてできなかった。
「そうか。ありがとう。長年の重荷が、降りたようだ」
祖父は穏やかな顔で言った。
「東京に行きたいのも、自分で決めたことだろう?」
その言葉に慌てて首を横に振る。
「まだ決めたわけじゃないの。ただ、選択肢として出てきちゃって、自分でもまだ戸惑っているというか」
「ちゃんと考えて決めなさい。寿子にはわしがちゃんと話すから」
うん、とうなずく。今祖母に向き合う自信は、まだ出てこなかった。


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