お菓子、おでん、お正月 | better than better

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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

  12月31日23時過ぎ。俺は客のいないコンビニの店内であくびを漏らした。近くに大きな神社があったり、カウントダウンパーティーが行われるような繁華街に位置する店舗は混み合っているのだろうが、住宅街にあるこの店には、さっきからぽつりぽつりと客が訪れる程度だ。
  ピロピロ。扉が開いて背中を丸めた中年の男が入ってきた。申し訳程度に姿勢を直して、いらっしゃいませ、と声を出す。
「これ、とあとおでん頂戴」
発泡酒をレジに出した男は、一番左に置いてあるおでんを指差した。
「大根と、牛すじ」
「かしこまりましたー」
言われた通りに容器にタネを入れる。1人晩酌で年越しなんてさみしい奴だな、と内心思って、俺も似たような物かと自嘲した。
  大学進学のために地元を出て2度目の正月は帰省しないつもりだった。実家に帰ってもなにがあるわけでも無いし、仲の良かった友人たちもほとんど地元には残っていない。帰ってきなさいよ、とお袋は何度か電話を寄越したが、全て生返事で返していた。
  実家では正月にはおせちと、あとは大量のおでんを用意するのが恒例だった。おせちに飽きてきた頃、それぞれ勝手に鍋からおでんをよそって食べるのだ。3日にもなると味も染みて一番旨くなるのだが、その頃には皆おでんにも飽きてくるのが毎年のことだった。何故おでんなのかは知らないが、多分作り置きしやすいからとか、大した理由ではないはずだ。

  23時半。俺は菓子売り場の前で商品をじっと眺める男をレジから伺っていた。
  金髪を坊主にした細身の男は、難しい顔をして、一つパッケージを手に取ったかと思うとまた棚に戻して別の物を手に取る。まさか万引きじゃ無いだろうな、とうんざりする。そんな面倒臭いこと、勘弁してほしい。
  幸い彼は万引き犯ではなく、ようやくレジの前に立った。カウンターに置かれたのは、毎年冬になるとCMが流れるチョコレート。
「おにーさん、1人で仕事?大変だねー」
大きな目をくりくりとさせて声をかけられる。いかつい髪型をしているのにそのキョトンとしたような顔立ちと少し高い声がミスマッチで、笑いそうになってしまった。
「いや、まあでも、お客さん少ないんで」
フレンドリーさに釣られてそう返すと、彼はズボンの尻ポケットから財布を出しながら顔をくしゃっと顰めた。
「俺もこれから仕事なんだよね。久しぶりのシフトだからなんかきんちょーしてる」
「そうなんすか」
「そうだ。このチョコ、俺と入れ違いで仕事あがる人への差し入れなんだけど、これでいいと思う?ぽやーっとした女の人なんだけど」
俺は袋に詰めようとしていたチョコレートを見た。雪のような口溶け。
「いいんじゃないすか。これ、女の人がよく買っていきますよ」
ていうか、と言葉を続ける。
「優しいですね。うちの職場じゃだれもそんなことしないですよ」
思わず本音を漏らすと、金髪男は照れたように笑った。
「まあ長いこと1人でシフト入ってたし、お疲れ様ってことで」
ふうん、と思って袋を手渡す。
「どうも。じゃ、おにーさんも仕事頑張ってね」
ありがとうございます、という俺の声を背に、彼は店を出て行った。

  1月1日0時10分。特に何の感慨もなく新しい年が来た。相手もいないので、未だに新年の挨拶はしていない。金髪男は、シフトを入れ替わるぽやーっとした女の人と、挨拶を交わしたのだろうか。こんなところで独りでぼんやりしているのは、自分だけのような気がしてくる。
  ピロピロ。音に反応して入口を見ると、白のふわふわとしたコートを着た女が店に入ってきた。いらっしゃいませという声に反応して彼女がこちらを見て会釈しながら微笑んで、少しどきりとした。
  店内をゆっくりと歩き回る彼女を視界の端におさめる。ふんわりとした髪の毛から覗く柔らかそうな頬。通路を歩きながら首を傾げて商品を眺める彼女の仕草が誰かと重なる。そうだ、あの金髪男。全く別のタイプの人間だから気がつかなかったが、何を買えばいいのか分からないといった態度がそっくりだ。
  「あのう」
レジに近づいてきた彼女は手になにも商品を持っていなかった。
「今から仕事の人に何か持って行こうと思うんですけど、何がいいと思います?」
「差し入れ、ですか」
目的までさっきの男と同じか。
「そうなの。さっき私の代わりにシフト入ったのだけど、これから長くて大変だから何かあげたいなぁと思うのよ」
さっき私もチョコレートもらっちゃったしね、と続ける。
「もしかして、金髪の坊主の男の人っすか」
「あら、知ってるの?そうなの」
「さっきその方もここで買っていきましたから」
彼女はふふ、と柔らかく笑った。その温かさの交換を、純粋に羨ましく思う。
「おでんなんか、どうですか」
ふと思いついて言ってみる。正月といえば、おでん。
「いいわね。寒いから喜んでくれるわ」
そうだ、私も一緒に食べようと言いながら彼女はおでんをまじまじと見つめる。
「あ、でも仕事中なんだったら、おでんとか食べられないですね」
冷静に考えてみれば、仕事をしている人間におでんなど持って行ったって、迷惑だろう。
「それは大丈夫。私たちの仕事って、全然忙しくないのよ。なんというか、居ることが仕事なの」
なんじゃそりゃ、と思ったが、今夜の俺の仕事も似たようなものだった。
「なににしようかしら。大根と、卵と、そうねえ…」
散々迷った末に、一番大きな容器にいっぱいのおでんを手にして、彼女はふわふわと笑った。
「買いすぎちゃったかしら」
「二人で食べるんだったら、いいんじゃないですかね」
「そうね。誰かと食べるおでんは、美味しいものね」
彼女は嬉しそうに笑った。

  明け方、仕事を上がる。休憩室に入って携帯を見ると、お袋からメールが入っていた。
『あけましておめでとう。本当に帰って来ないの?おせちと、おでん用意してます』
ちょっと考える。誰かと食べるおでんは、美味しいものね。あけましておめでとう、と声で聴きたいな、とふと思った。
『今から、帰ることにするよ』
指が画面をなぞって送信ボタンを押した。
  外に出る。新しい朝の冷たい空気が、そっと背中を押した。


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良いお年を。
水島郷