子犬とチョコレート 2 | better than better

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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

 店の定休日。すっかりバレンタイン一色になっているデパ地下へと足を踏み入れた。

 人、人、人。普段人込みとあまり縁のない生活を送っているので、くらくらしてしまった。まるでフロア全体が揺れるよう。それでもショーケースに並べられたチョコレートを見て回る。きれいに並べられた、艶やかな宝石たち。

今日手に入れたいのは、店長にあげるチョコレート。散々センスが無いだのなんだのと馬鹿にされているのを見返したい気持ちもあったし、それにやはり好きな人にチョコレートをあげたい気持ちだってあった。まだ20代の、女の子ですもの。

 ミルクチョコ、ビターチョコ、ホワイトチョコ。ボンボン、トリュフ、ガトーショコラ。次々と目に飛び込む誘惑に、けれど何故かあまり心動かされなかった。

 30分ほど人込みの中をうろついたけれど、結局あきらめて家路についた。仕方がない、とため息をつく。そもそも店長にチョコレートを渡したってきっと何か嫌味を言われるだけだろうし。思いが届くことなんて、絶対にない。

 それに、と思う。彼の作るチョコレートは世界一で、だからその他のチョコレートを選ぶことなんて不可能だったのだ、と。

 

 バレンタインの一週間前ほどから店は混んでいたが、本番の今日、214日は特に忙しかった。その波も落ち着いてそろそろ閉店の時間だと思っていたころ、一人の女性が店に駆け込んできた。

「あの、すいません。まだバレンタインboxありますか?」

息を切らしながらそういう彼女に、にっこりと微笑んで見せる。

「ありますよ。あと残り一個です」

「ああ、良かった!」

表情をぱあっと明るくさせた彼女に尋ねる。

「お包みしますよね?リボンは何色になさいますか?」

「えっと、ブラウンで」

シックな色合いになったその包みを手渡すと、彼女はちょっと恥ずかしそうに笑った。

「好きな人に、突然会えることになったんです。渡すつもりもなかったけど…。これもなにかのチャンスですよね」

縋るようにそう言われるので、頷くよりほかはなかった。

「頑張ってくださいね。そのチョコレート、うちのショコラティエの最高傑作なので」

心強いな、と笑った彼女が出て行くのを見送る。ありったけの勇気を小さな箱に託す彼女と、結局何も用意できなかった臆病な私。

「適当なこと言うなよ。最高傑作とか、寒い」

厨房から出てきた店長にいきなり声をかけられて、驚いて振り向く。

「何でですか、褒めたのに。」

「それより、ほら、閉店の時間だぞ。さっさと店閉めろ」

そう言って店長は大きく伸びをした。

「やっと終わった!」

「お疲れ様でした」

なんだかんだで彼はこの時期は毎年あまり寝られないほど働くのだ。

「うん。広畑もおつかれ」

そして厨房の方へ声をかける。

「深川、今日は片づけやらなくていいぞ。デート、あるんだろ?」

「え、まじっすか!」

「いいよ。優しい俺と、独り身で寂しい広畑でやっておくから」

「ちょっと!」

店長に食って掛かる私を無視して飛び上がらんばかりに喜んだ深川君は、本当に一瞬で着替えを終えてきた。

「しっかし、このあとまたバレンタインとか、お前もよくやるな。俺はもううんざり」

「何言ってるんですか。彼女からのは別枠ですよ、別枠。手作りしてくれるって言ってたし、楽しみだなあ」

俺のチョコレートの方が旨いとぶつぶつ言う店長と、独り身と馬鹿にされた私を置いて、深川君は帰ってしまった。

「さてと、さっさと終わらせて帰るぞ」

そう言って厨房に戻っていく彼の背中にべっと舌を出してから、私も閉店作業を始めた。

 

 「私の方は終わりましたけど」

そう店長に声をかけると、俺も終わったと返された。

「ああそうだ、これ」

そう言って差し出されたのは、未包装のバレンタインbox

「売れ残ったから、やるよ」

全部売り切ったと思っていたのでおかしいな、と内心首をかしげたが、有り難くもらっておく。

「ありがとうございます」

「最高傑作だからな。味わって食べろよ」

箱を受け取った私の手元をじっと見た店長は、ふいっと背中を向けた。

「悪い、やっぱりまだやることが残ってた。先帰れ」

「そうですか」

二人で帰れることを少し期待していたから、ちょっと落ち込む。

「気を付けて帰れよ。不細工だって襲われないとは限らないんだから」

「ほんっと失礼!」

振り返りもしない店長の首元がほんのり赤く見えたのは、気のせいだろうか。

 

 家に帰って鞄からboxを取り出す。こげ茶の落ち着いた色に金文字で書かれた『much love, Valentine』の文字。ぱかり、と蓋を開けてみる。

 まず目に飛び込んでくるのは真っ赤なハート。9つのチョコレートの中央に収まっているチェリーでコーティングされたそのチョコレートは、他のチョコの色味を押さえてある分、一際引き立って見える。この商品ができたときのことを思い出してクスリと笑う。結局ハート型にしたんじゃないですか、とからかうと、店長は不機嫌になっていた。

 ふと右下のチョコレートに視線をずらして首をかしげた。こんなチョコレート、入っていたっけ?

 直接お客さんと接する売り子として、もちろん商品についてはしっかり把握していた。ここに入っているのはオレンジピールを包んだショコラだったはず。けれど今私の目の前の箱にちんまりと収まっているのは、一欠けのナッツを乗せた控えめなたたずまいの四角いショコラだった。他の物を見ても、入れ替わっているものはない。そのチョコレートだけが、初めて見るものだった。

 ふっと思い出す。ナッツとチョコレートの組み合わせが好きなんですよね、と店長に言ったことがある。店長は興味もない風に聞いていたけれど。たった一つ、特製の最高傑作という言葉が浮かんだ。

 思わず頬を手で抑えた。なんてことをしてくるのだ、あの人は。こんなの、特別に思われていると確信させるのには十分じゃないか。気付いてほしかったのか、気が付かないでほしかったのかなんて私には推し量れないけれど、気が付かなかったふりなんて、もうできそうになかった。

 震える手でそのショコラをつまむ。一口かじる。大好きなアールグレイのガナッシュの爽やかさと、あとから包み込むようなほろ苦いチョコレートの香りが口の中に広がった。



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ちなみに題名が「子犬とチョコレート」なのに、犬が全く出てきませんでしたが、実はこの題名には小ネタが仕込んであります。分かる方いらっしゃいますか…?(笑)

ヒントは、店長の性格はツンデレ、です(分かりやすすぎ?!)




追記:自作小説トーナメント、ベスト4をいただきました。応援ありがとうございました。



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