新学期が始まってだいぶ経つのに、私はまだ進路を決められずにいた。祖母とも気まずいままで、表面上は今までのように接しているものの、彼女が私の進路についての話題を徹底的に避けているのは感じて取れた。
「どうしたものかな…」
無意識に声に出していたようで、隣で作業していた後輩の女の子がわざわざミシンを止めてこちらを向いた。
「え、すいません。先輩なにかおっしゃいました?」
真面目に尋ねられてしまい。慌てて首を横に振る。
「ううん。なんでもない。独り言」
そして彼女の手元を見る。
「できそう?」
「ちょっとここが難しくて。見てもらえますか?」
スカートのウエスト部分を見てやる。少しアドバイスをあげると、彼女はキラキラした目で私を見た。
「ありがとうございます。さすが遠影先輩」
「やだ、やめてよ」
「だって衣装のデザイン、ほとんど先輩ですよね?センスいいよねってみんなで話してたんです」
「そんなことないよ。前作った奴の焼き直しみたいなものだし」
謙遜してみたけれど、褒められて悪い気はしなかった。
「やっぱり服飾系とかデザイン系に進むんですか?」
一瞬眉をしかめてしまったのは気が付かれてしまっただろうか。
「そのつもりはないかな。まだちゃんと決められてないけど」
「えー。もったいない。なんかやっぱり違いますよね。元々東京にいたんですよね?だからかなあ」
小さくため息をつく。
「本当に小さいときだから関係ないと思うよ。殆ど記憶にもないもの」
「絶対関係ありますよ!私、早く東京行きたいんですよね。だって、」
「そこ、あんまりるみに迷惑かけんなよ」
今まで黙って作業していた香篠君が突然低い声を出した。こちらに視線を向けるでもなく黙々と下を向いて作業をしている。
すみません、と小さな声で返してその子は作業に戻った。
「気にしないで」
ポンと肩を叩いて小声で言うと、彼女は眉を下げたまま少し微笑んだ。
「香篠君が後輩を叱るとこ、初めて見た」
帰り道にそう言うと、彼はだいぶてっぺんが黒くなってきた髪の毛をがしがしと掻きながら顔をしかめた。
「だってほんとは俺がるみとしゃべりたいのに」
くすくすと笑うと、なんで笑ってるんだよ、と髪をクシャリと乱された。
「ねえ、今日もダメ?」
ちょっと甘えたような声になって尋ねられて顔を上げると、真っ黒な目が私をじっと見つめていた。
「…だめ」
「ちぇー」
「だって最近運動会の練習か部活で毎日埋まってるんだもん。せめて帰ってからは勉強しなくちゃ」
それでもまだ不満そうな顔をしているので、渋々つけたす。
「運動会終わったら、ね」
「そうしたらどうせ次は学園祭があるから無理って言い出すんだろ」
あり得ない、とは言い切れなくて思わず一瞬黙る。
「いや、ほんと。絶対ホント」
「嘘くさ」
そう言って香篠君はケラケラと笑った。
「まあ、そんなとこもるみらしいけど。じゃあさ、こうしよう」
香篠君は小指を差し出してきた。
「今年も俺リレー出るからさ、一位になったらちゃんと電車乗って遠くまでデートしようね」
「分かった。」
強く指を絡める。彼が指切りが好きだということは、ごく最近気が付いたことだ。
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