ほしのかけら | better than better

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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

 「兄さん、あれ何かしら?」

ホノが指さした方を見ると、キラキラと光るものが空からふわりと草原に落ちたところだった。

「ちょっと見てくるよ」

ジュウは水を汲んでいた瓶をそっと地面におろすと、そこに駆け寄った。

 暗く冷えた空気と腰の高さまでもある柔らかな草を掻き分けて進むと、しっとりと濡れた土の上に微かに光る小さな石ころを見つけた。手に取ってみると、思いのほか熱を持っていて、思わず両手で転がす。

「あっちい」

その声が聞こえたのか、井戸のそばで待つホノが大丈夫?と声をかける。

「大丈夫。光る石が落ちていたけど、ちょっと熱かったんだ」

そう答えつつ井戸まで戻る。

「まあ」

ホノはジュウの手の中のそれを覗き込んで首をかしげた。

「綺麗ね。でもこれ何かしら?」

「さあ?でも持って帰れば母さんが喜ぶかもしれない」

ジュウはそれについている泥をシャツの裾で拭うと、ズボンのポケットにしまった。

「帰ろう。帰りは足元に気を付けて、良い薬草を見つけたら摘んで帰るんだ」

二人は大きな瓶を担いで家路についた。今夜は月は見えないが、星が紺地の空に広がっている。

 

「そこの二人」

しわがれた声に呼び止められ振り向くと、汚れたローブで全身を包んだ腰の曲がった老婆が佇んでいた。

「お前たち、星のかけらを見なかったか?」

「星のかけら?」

「そうだ。小さく光るほかはただの石ころのようなもの」

「それならさっき拾いましたよ」

ジュウは器用に瓶を片手で支えると、ポケットから石を取り出して見せた。

「なんと…。もう見つけられてしまっていたか」

「あの、これ、何なんですか?」

肩の上で瓶を担ぎなおしたホノが、肩をがっくりと落とした老婆に尋ねる。

「星のかけらと言われておる。今夜は年に一度の星降る夜だ。沢山の星が空より地に降り注ぐが、その輝きは空から離れた時点で失われてしまう。ただ、ごく稀にその光を保ったまま地に落ちるものがあるという。滅多に見つけられるものではない。それが星のかけらだ。この婆、ずいぶん長いこと生きておるが、手に入れた人間の話は聞いたことが無い」

ジュウは手の中の石―星のかけらをじっと見つめた。

「おばあさん、これ欲しいんでしょう?あげるよ。僕たち、これがそんなに珍しいものだなんて知らなかったんだ」

「なんと。良いのか?」

「だってずっと探していたみたいだし。僕たちは、ただ綺麗な石でも見れば母さんもちょっとは元気になるかなって思っただけだから」

「母さんとな」

「うん。ずっと病気で伏せているから、長いこと家のぼろい天井しか見ていないんだ。だけど大丈夫。代わりに花でも摘んで帰るさ」

老婆は震える手でジュウの差し出す石に手を伸ばしたが、ふっとその手を下ろした。

「いかん。いかんよ。それは持って帰りなさい」

「なぜ」

兄妹は戸惑って尋ねた。

「なぜ婆がその星のかけらを欲しがったか分かるか。それはどんな願いことも一つ叶えてくれるという。それだけでないぞ。砕いて水に溶かせばどんな病も治る万能の薬になるそうだ」

ジュウとホノは顔を見合わせた。

「すまない。お前たちに何も教えずにこれを奪い取るところだった。欲深い婆を許しておくれ」

「黙って持って行ってしまえば、私たちも気が付かなかったのに」

ホノが呟いた。

「欲に塗れておるのに、全くの餓鬼にもなれぬ。だからこそ婆になっても何一つ得られてはおらぬのじゃ」

老婆はジュウの手をそっと撫でた。

「婆に構わず早く行くがよい。母上が待っておるぞ。その効き目は今夜中しか持たぬ。一番鶏の鳴く前に、星のかけらを砕いて母上に飲ませるのじゃ。急ぎなさい。それを欲する者は沢山おる」

「ありがとう。ホノ、急ごう」

二人は老婆に頭を下げると足早に家へ向かった。

「早く母さんに飲ませてあげよう」

「これを飲めば、体中が痛くて夜も眠れなかったり、酷く咳をしてそのたびに血を吐いたりすることも無くなるのね」

「うん。早く、早く帰ろう」

 

兄妹が歩いていると、一人の背の高い男が二人の前に立った。

「君たち、星のかけらを拾ったね」

二人は警戒して目の前の男を見た。丸い眼鏡の奥の表情はよく見えない。

「だったら、どうするんですか」

「頼む、私にそれを譲ってくれないだろうか」

ジュウは咄嗟にポケットを手のひらで抑えた。

「そこに入っているんだね?」

男は無理やりポケットに手を伸ばそうとしてくる。

「やめてください。僕たちには、これがどうしても必要なんです」

「いや、私の方が必要としている。私の方が君たちよりも星のかけらを良いことに使うことができるし、それが大いなる力の有効活用というものだ」

「逃げよう」

兄妹は瓶をその場に捨てて走り出した。

「追え!何としても星のかけらを手に入れなければ」

眼鏡の男の声にどこからか何人もの大きな男たちが現れて二人を追い出した。しかし、兄妹にとっては、毎日何往復も水を汲みに通る道。ぬかるむ地面、絡みつく草に阻まれて距離は広がるばかり。

「これでは追いつけません!」

眼鏡の男は眉間にしわを寄せて叫んだ。

「仕方がない。どんな手を使ってもいい。絶対に手に入れるのだ」

その言葉に男たちは次々に武器を構えだした。刀、斧、弓矢。

「射て」

一人の男の号令で無数の矢が放たれる。

「斬れ」

また別の号令で斧が草を刈り取り、その断片が風に乗って舞う。

「兄さん、どうしよう」

走り続けて息を切らしながら、ホノは涙目だった。

「だめだ、渡せないよ。母さんのこともあるけど、あんな奴らに渡してしまったら、きっととんでもないことに使われてしまうに違いない」

かけらをぎゅっと握りしめたジュウの頬に矢が掠め、シュッと血が跳ねた。

「兄さん!」

「大丈夫だ。止まるな、走れ!」

兄妹は駆けた。薄い草は彼らの柔らかな腕の肌を切り、冷たい向かい風は瞳を乾かした。一歩ごとにぬかるむ地に足が沈み込んだ。迫りくる男たちの荒い息遣いや雨のように降る矢が空を切る音を聞いた。胸の浅いところで繰り返される呼吸では酸素も得られず、頭が次第にぼんやりとしてくるのを感じた。それでも走って、走って、走って。

 追いつかれた。

 その男は自らが振り下ろした刀が、少女の華奢な右肩から細い腰を切り裂くのを見た。殆どおぼつかなくなっていたその足取りで23歩よろめいた彼女は、声さえ発せずにその場に崩れ落ちた。

「ホノ!」

振り返って叫んだ少年の薄い腹を、別の男が正面から横一文字に切った。少年は乾いた瞳に妹の姿を映したまま、うつぶせに倒れた。

「星のかけらを手に入れました」

ジュウの手のひらから光る石が取り上げられて、ようやく追いついた眼鏡の男に渡される。

「よくやった」

眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝く。それはまるで穢れを知らない子どものような輝きだった。

「これで私の願いが叶う。ずっと、世界のために望んできたこと」

彼は星のかけらを両手で包んでその純粋な瞳を夜空に向けた。その足元は倒れた少年のシャツの裾を踏みつけ、泥に埋めている。

「私の願いはただ一つ、この世界の平和。争いの無く、幸福な世界。ずっとこのために生きてきたのだ。どうか星のかけらよ、叶えておくれ」

彼の願いが届いたかのように星々はより一層輝きを放ち、彼の顔は祝福の歓びに満たされた。しかし、兄妹の血が染み込み続けている地面は草に覆われて、照らされることはなかった。



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