私は一人部室にいた。携帯を開いて香篠君からのメールを読み直す。
『部室で待ってて』
ふう、とため息をついた。帰りに話がしたい、と送ったメールの返事はこれだけ。そっけないものだ。
今年も香篠君の走りは圧巻だった。けれど去年とは全然感じ方が違った。まるで私に向かってくるような生々しい彼の迫力を全く感じ取れなくて、まるで一枚幕の向こうで起こっている出来事を眺めてみるようだった。
どうしていつもうまくいかないのだろう。ちゃんと香篠君のことを好きなはずなのに、ただ千歳がそこに絡んでくるだけで、事態は私の手に負えなくなってしまう。
かちゃりとドアが開く音がして、勢いよく顔を上げる。ドアノブに手をかけて立つ香篠君がいた。
「おつかれ」
何気ない風に発したはずの声は少し掠れていた。香篠君は特に何も答えずに部屋の中に入ってくると、乱暴に向かいのパイプ椅子に腰かけた。
「話ってなに」
「えっと」
私はテーブルの上でぎゅっと両手を握った。
「さっきの人のことだけど、誤解してるみたいだけど、本当にただの幼馴染なの」
彼はまるで馬鹿にしたような冷たい目を向けた。
「わざわざ呼び出しておいてそれしか言えないの?あの人がそんなんじゃないことぐらい、見ればすぐに分かるよ」
「なんで、」
「なんで春海はあの人のこと今まで俺に話さなかったの?家族みたいな人なんでしょ」
「それは、別に話すまでもないっていうか」
「話せなかったんだろ。あの人が、春海が本当に、」
「やめて!」
「好きな人だから」
私の言葉なんて無視して言い切った香篠君はふうっと息をついた。
「何か言ってみなよ」
その冷たい声に私はキッと彼を睨んだ。
「どうしてそんなこと言うのよ」
「違うなら違うって言えばいいだろ」
そんなこと言ったって信じられないけどね、とどうでもいい風に言われて、思わず立ち上がる。
「違う。私が好きなのは香篠君なのに」
「よくそんな平気で嘘つけるよな」
聞く耳を持たない彼にかっとなって右手を振り上げる。けれど、それはいとも容易く捕らえられてしまった。その圧倒的な腕力の差に、何故だか涙があふれてきてしまった。
「嘘じゃないもん…」
嗚咽を漏らしながらそう言うと、彼が腕をつかんだまま立ち上がって私の横に立つのがみえた。
「そうだな、嘘じゃないよな」
うって変わって優し気な声で言うので、戸惑いながら表情を伺う。
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