「こういうこと、よくあるの?」
何やら探し物をしながらまるでなんでもない風に聞いてくる。
「ううん。初めて…」
無事だったボタンだけでものろのろと留めながら答える。
「そう」
瞳はばたんとロッカーの戸を閉めてこちらをじっと見た。
「無理やりしてくるような男とは、別れた方がいいと思うけど」
「そうだね…」
瞳のサマーニットベストをかぶりながらもごもごと答える。頭を出すと、目の前に差し出された細くて白い腕が見えた。
「まあ、今日はもう帰りなさいよ。送っていこうか?」
そっけないその言い方に、ようやく微笑んでみせる余裕が出た。
「ありがとう、でも大丈夫」
「そう」
それ以上何も言わずに私を引っ張り起こすと、瞳は校門まで黙って隣をついてきてくれた。
「じゃあね」
反対方向に帰る彼女に手を振ると、瞳は唐突に口を開いた。
「自分が悪いとか、思っちゃだめよ」
「え?」
「彼があんなことした理由なんて知らないけど、原因があったからって春海が悪いなんてことはないのよ」
「そうかな」
「そうよ。今夜は香篠の馬鹿野郎って100回唱えてから寝なさい」
「なにそれ」
思わず笑ってしまう。
「無理そうだったら電話して。私が代わりに唱えてあげるから」
大真面目な顔で言う瞳に今度は心から微笑んで頷く。
「ありがとう。もしかしたらお願いするかも」
瞳はもう一度力強く頷くと帰っていった。
素肌を暴かれて飛び起きた。
分かっている。今のは夢だ。今は一人部屋にいて、ただただ暗い空間だけが私を包んでいる。自分の忙しない呼吸だけが聞こえた。
それなのに、消えない。彼の怒りに任せた手が私を動けなくさせて、ただただ喰われるのを待つしかなかったあの瞬間がぎゅっと心臓を掴む。昼間噛まれた首筋がじくじくと痛んだ。
「香篠の馬鹿野郎、香篠の馬鹿野郎、香篠の馬鹿野郎、」
瞳に言われたとおりにぶつぶつと唱える。それでもやっぱり自分が悪いのだという気持ちが浮かびあがてきてしまって、振り払うようにぎゅっと目を閉じる。
「香篠の馬鹿野郎、香篠の馬鹿野郎、」
きつく閉じた目から、涙がこぼれて頬を伝うのを感じた。
「助けて、千歳」
思わず呟いた声は、私以外の耳に届くことなく、あっけなく消えていった。
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