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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

進路のこと、祖母のこと、香篠君のこと。千歳に話していないことは沢山あった。夕食時のファミレスはざわめきが空気のようにそこらじゅうを満たしていてなんでも話せそうな気がしたけれど、一方でそのどれも口にするのは憚られた。
「部活の同級生の子がね、」
結局口にしたのは瞳の進路の話だった。千歳はグラスについた水滴を指先でなぞりながら、とりとめのない話に低い声で相槌を打つ。
「びっくりしたの。その子が演劇の道に進まないって。色々考えてたんだなって」
「その子も頑張って考えたんだろうね」
千歳は静かに答えた。
「それが正しいかどうかなんて、俺達には何も言えないよ」
「千歳は、東京行くこと、後悔してないの?」
丁度彼の人差し指の腹で掬い上げられた水滴をぼんやりと眺めながら尋ねると、その指が一瞬動きを止めて水滴が爪へと伝っていった。
「内定出たばかりの人間に、それ聞くのかよ」
彼が苦笑するのと同時に、ハンバーグを持ったウエイトレスがテーブルの横に立った。千歳の前にそれを置き、ドリアもすぐにお持ちしますと告げて彼女は戻っていく。
「先食べてなよ。冷めるよ」
うんと頷いたが、まだジュージューと音を出しているハンバーグを前にして彼は食べ始めなかった。そういえば熱いものが苦手だったなと思い出す。二人だけで食事をするのは、久しぶりだ。
 私の前にもドリアが置かれ、スプーンを持って一口掬う。チーズが舌に絡みついて、柔らかい米を歯が押しつぶす。
「後悔してないよ」
突然そう言うので、一瞬咀嚼を止めた。そんな私を見て、ちゃんと噛めよと笑う。
「沢山選択肢があってさ、そのどれでも選ぶことができるんだよ」
「流石、優秀な人は言うことが違いますね」
嫌味っぽく茶化すと、意外にも嫌な顔もしないで千歳は首を横に振った。
「違うよ。別に沢山の会社から内定が出たとかそういう具体的な話じゃなくて」
そこまで言って思案するような表情をする。
「なんていうんだろう。俺は地元に残って家族から離れないこともできたし、東京に行くこともできた。就職しないでフリーターとかニートになることだってできた。ちゃんと選択肢はあったんだ。どれでも選ぶことはできた」
けどね、とちょっと笑いながら続ける。
「けど絶対どれかは選ばなくちゃいけなくて、立ち止まることだけは許されていないんだよ」
立ち止まることは許されない。その言葉を千歳が発するのは、なんだか切ないのと笑ってしまうような滑稽さが混ざり合っている。
「東京に行くのが、一番良いと思ったの?」
「うん」
千歳は子供のように素直に頷いた。
「正解かどうかなんて分からないけどね」
私は意味もなくスプーンで海老を二つに切り分けた。
「私は、自分がどの道を進めばいいのか、全然わかんない」
「まだ進路迷ってるのか?」
突然父親のような顔をして尋ねてくる。私は拗ねたように何も答えられず、頷くしかなかった。
「そうか」
呆れたような顔はされなかった。その代わり何の表情も反応も見せてはもらえなかった。どうせなら父親みたいに思い切り干渉してくれたならいいのに。千歳は黙ってハンバーグを切り分けては口へ運んでいく。その動作をなんとなしに眺めながら、私も食事を続けた。
 絶対どれかは選ばなくちゃいけない。憂鬱な気持ちでその言葉を反芻していた。


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