全感覚をあなたに | better than better

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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

  遠距離恋愛は、五感のうち二つしか満たすことができない。

  一番手軽に満たすことのできるのは、聴覚。
「今、なにしてた?」
「お風呂からあがったところ」
ボディークリームをふくらはぎに塗り込めながらスマホの向こうの彼に答える。少し鬱陶しいくらいの薔薇の香り。そろそろさっぱりとした香りのものに変えたい、とぼんやり考える。
「あ、じゃあ今日はテレビ通話は、やめとく?」
ちらりと着ているTシャツを見る。持っている部屋着の中でも、わりとよれよれになっているもの。こんな姿は見られたくない。
「うーん、そう、ね。今日はこれでいいかな」
了解、と少し笑いを含んだ声が返ってくる。
  視覚、だって満たせないことはない。文明の利器というやつだ。今日は少し都合が悪かったけれど。
 けれど、残り三つ。それはなかなか満たせない。
   嗅覚。彼の匂いが好きだ。少し汗の混じる匂いも、不快だと感じたことはない。ヒトは遺伝子の遠い相手ほど良い匂いに、近い相手ほど不快な匂いに感じるのだそうだ。種の繁栄のための仕組みらしい。その話を聞くたび、自分は気づかぬうちにとても本能的に恋愛をしているのだなと可笑しく思う。
  味覚。味覚で相手を感じる、というのは少しえっちいなと一人でに照れた。私を抱く時の彼を思い出して、意味もなく足の指の爪をなぞる。今の爪の色は、淡いピンクからベージュへのグラデーション。
  触覚。触覚には温度を感じることも含まれるのだろうか。彼の熱ーきっと彼の体温は少し高いのだと思うが、それを最後に感じたのは、もうだいぶ前のことだ。
少しそばに寄るだけで感じる体温。気づかぬうちに距離を縮めてしまうのは、きっとあの温かさのせいだと思う。
  「それでさ、来月の3週目の連休、空いてる?俺、休めそうなんだよね」
思いがけない言葉に新たにクリームを取りかけていた手を止めた。
「ほんと?」
「わざわざ嘘つかないよ。で、空いてる?」
「もちろん。ていうか、空けるよ。休日出勤しろって言われたって、絶対断る」
クビになるなよ、と笑った彼は、じゃあそこでそっちに会いに行くから、と優しい声で言った。声が耳をくすぐる。これも触覚のうちに入るのだろうか、とふと考えた。
  電話が切れた後、私は更に丁寧にクリームを塗っていく。彼に触れられることを待ち望む肌に。
  来月。あと1ヶ月もしないうちに、彼がやってくる。改札を抜ける彼の姿を私は見るだろう。喧騒に紛れはしないその声を聞くだろう。触れてその体温を感じ、彼の匂いを嗅いで、キスをすればまた懐かしい味を知るのだろう。
  私の全てが彼で満ちる日は、それほど遠くない。


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