Спасйбо за угощение! 1 | better than better

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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

  初めてその子と出会った時、私はてっきり女の子だと思った。白くて柔らかい頬。紅く色づいた唇。くっきりとした二重瞼を縁取る色素の薄いまつげ。それと同じ色をした豊かな巻き毛。なんで可愛らしい子だろうとため息をつくと同時に、この子どもと友達になれることに胸を躍らせていた。
  けれど、彼は男の子だった。それはつまり、彼は『食料』であるということだ。

  「アンナ」
低い声で呼びかけられて振り向く。私の知る低い声の持ち主など、ただ一人だけだ。
「昼食の用意が出来たって、ターニャが呼んでる」
「このラインの収穫が終わったら行くわ」
そう返してトウモロコシに向き直った私の左側に影が差して、視界の端に金色の束が降り立つ。
「先に行って、良いのに」
「二人でやった方が早いでしょう?」
澄ました横顔でアンドレイはそう言うと、目の前のトウモロコシをもぎ取る。根本から、ぶつり、ぶつり。
  彼の手に収まった葉を纏うトウモロコシは、私の手の中のそれよりも小さく見えて、けれどそれは彼の手が私の手よりも随分と大きくて力強いからだった。幼い頃繋いだ、あの柔らかくて頼りない掌の面影すら無い。こっそりと横顔を盗み見る。頬に柔らかさは残っておらず、すっきりとした鼻筋としっかりとした顎は、私の周りにいる他の誰も持ち合わせていない。アンドレイ以外の『食料』、つまり他の男の人を見たことが無い私には、それが男の顔というものなのかどうかも分からない。
「なに見てるんだよ」
突然アンドレイがこっちをみて唇を尖らせる。
「あなた、いつからそんなにごつくなっちゃったのよ」
「逞しくなった、って言えよ」
アンドレイは拗ねたように再び前を向いた。
「だって毎日私と同じことしかしていないのに」
「僕の方がアンナより重い荷物を持つし、たくさん働いているんだよ」
「嘘よ」
「本当だって」
嘘ではないのかもしれない。けれど私と彼の身体の差は、そんなことだけが理由では無いはずだ。
「そんなことより早くしよう。ターニャがまた怒り出す」
トウモロコシの沢山入った籠を持ち上げる。いつからかアンドレイは必ず重い方を持つようになっていた。身体が大きくなったからそちらを持ってくれるのか、重い物を持ったから身体が大きくなったのか。
  そんなことを問答してみても無駄なことは分かっていた。

  私が五つの時、いずれ私の『食料』とする為にアンドレイは買われた。彼らは良い『食料』となるように、愛情を込めて育てられる。大切に育てられた男の人は、とても美味だという。私はまだ男の人を食べたことが無いので、知らないのだけど。
  食事も共に摂り部屋も与えられる彼を、幼い私は随分長いこと家族だと思っていた。突然我が家に現れた生き物を『男』と認識することもできず、アンドレイは、ただ、アンドレイだった。
  いつから彼が『食料』であると理解し始めたのだろう。サンタクロースがいないことを徐々に知るように、私はいつの間にかそれを理解していた。いつから彼は自分が『食料』であると知っていたのだろう。そのように産み出されたのだから、最初から当たり前のように知っていたのだろうか。私たちは普段そのことについて話すことは無いけれど、いずれ私が彼を食べることは、厳然たる事実としてここにある。

  「アンナ、夕食が終わったら私の部屋に来なさい」
ある日夕食の席でターニャがそう言った。四人掛けのテーブル。隣り合う私とアンドレイの前に、私の二人の母であるターニャとソフィアが並ぶ、いつもの食卓。
  そっとアンドレイの方を伺うと、彼は軽く頷いてみせた。
「片付けは僕がやっておくから」
実際皿洗いでもなんでもアンドレイの方が手際よく片付けてしまうので、その言葉に甘えることにする。
  今日の食事はキャベツと牛肉のスープに、黒パン。ソフィアの作る食事はいつも少し塩辛い。硬い牛肉を噛むと、僅かな肉汁が舌の上に滲みた。

  「あなたの結婚相手が決まったわ」
ターニャの部屋にはソフィアも待っていた。そこはかとない不安を感じながら椅子に座った私に、ターニャはいきなりその言葉を告げた。
「ヴァスチキン家の次女のクリスチーナよ。あなたも顔くらいは知っているでしょう?」
横から補足するようにソフィアが言う。
「ええ」
私は未だ話をよく呑み込めないまま頷いた。
「教会で、よく見るわ」
クリスチーナ・ヴァスチキンはこの一帯では目立つ存在だった。綺麗な金髪とすらりとした長身で、憧れている年下の女の子たちも多い。私は彼女よりも一つ年上だが、気後れしてしまって話しかけたことは無い。
「明後日顔を合わせる席を設けてあるわ。婚姻は1ヶ月後よ」
私の将来が、決定事項として淡々とターニャの口から紡ぎ出される。
「アンドレイは、」
私が聞けたのはそれだけだった。
「アンドレイは知っているの?」
「もちろん。あなたが結婚すれば、アンドレイも『清め』を始めなければならないのだから」

  「私、結婚するんだって」
その夜突然押しかけた私に溜息をつきながらもアンドレイは私を部屋に入れて、ホットミルクを台所から持ってきてくれた。
「聞いているよ。ヴァスチキン家のクリスチーナだろう」
私はその言葉を聞いて拗ねてしまった。ホットミルクを床に置いてクッションを抱きしめる。ふかふかの、水色のクッション。
「なんで私のことなのに、アンドレイの方が先に知っているの」
「そりゃ、僕にも色々準備があるし」
そう言ったアンドレイの表情がいつもと違っていて口を噤む。
「そんな顔するなよ。もう年頃なんだから、行き遅れるよりマシだろう」
「でも、クリスチーナと話したことも無いのよ」
「彼女は良い噂しか聞かない」そう言ったアンドレイの顔をまじまじと見つめる。殆ど外出なんてしない彼が一体誰から噂話なんて聞くのだろう。
「と、ターニャが言っていたよ」
私の疑わしい目に観念したようにアンドレイは言葉を続けた。
「噂なんかじゃ、分からないわよ」
まるで子どものように駄々をこねてしまう。アンドレイは溜息をついて私の頭を撫でた。
「アンナ、いずれ結婚しなきゃいけないことは分かっていただろう?そして、子どもを産んで育てていくのが、君たちの仕事だ」
そうしてあなたたちは私たちに食べられるのが仕事。そんなことは言えるはずもなかった。





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