【紫陽花スプラウト】
雨の中、傘をささずに歩いていると、でっかい幹線道路の交差点を
渡った角に、紫陽花が咲いていた。
「こんな所に紫陽花があったのか!?」
何年も通っている場所なのに、初めて気がついた。
雨でちょっと伏し目になり、それで視界に入ったのだが、
それにしても気がつくのが遅すぎる。
背丈が紫陽花くらいの頃、梅雨といえば紫陽花だったのに。
小さい頃、梅雨はそんなに嫌いじゃなかった。
学校帰り、田んぼに雨がザ-と降ると、何かうきうきした。
今と違い、時間がたっぷりあり、
自然の息づかいの中に身を置いて、
雨で大地が喜ぶ様子を、肌で感じた。
遠くの山を見ると霞がかかり、その霞の中で木々が揺れ出す。
雨が空気を通り、辺りが静かにザワつき、風景が鮮やかに濡れてくると、
子供は本能的にはしゃいだ。
田んぼをのぞき込むと、でっかい蛙がいた。
ゴーっと激しい音がするので、そっちの方へ走っていくと、
水かさが増えた用水路で、そこには、でっかいカブトガニがいた。
出来たばかりの水たまりの世界はなんだか不思議で、
ちょっと前までの土の道が、海の中の地層のようになっていて、
それを傘の先で削るように崩し、水の中に土煙を起こした。
歩く道々には、きっといろんな花が咲いていただろうが、
他の花がこうべをたれる中、紫陽花だけが、雨に向かって思いっきり
咲いていた。
男だから、まだ、花を綺麗だと感じる感覚はなかったと思うが、
あの頃の梅雨の記憶の片隅には、いつも紫陽花が咲いている。
本当は梅雨もわるくない。
やれやれって、面倒くさそうに雨の中をそそくさと歩くより、
子供の頃のように、もうちょっと雨を楽しみたい。
そう思うけど、これがなかなかね。
でも、交差点に咲く紫陽花に気がついてよかったよ。